kate100s’s diary

百野毛糸の日記です。

「愛の不時着」1-3 〜ラピュタのパズーかサーチのパパ

今年の夏はNetflixの韓国ドラマが流行っているのは知っていて、「梨泰院クラス」「愛の不時着」という名前を見かけてはいた。1つ目に関しては読み方が分からないし、2つ目に関しては”セレブ女性がパラグライダーで北朝鮮に迷い込んで軍のイケメンに助けられる”みたいな雑な説明文を読んで「はい!?!?!?」という第一印象のもと特に見る気はしなかった。

これまでにたびたびあった韓流ブーム(主にドラマとアイドル)の中で、周りはどんどんハマっていくので韓流の特徴は聞いていた。「記憶喪失」「別れと再会」「家族(特に血族)のゴタゴタ」「迫力ある暴力描写」「戦争」「南/北」「完璧な容姿」「整形」「歌も踊りも完璧」総じて「全部似ている」みたいなやつ。

それらの特徴は私が映画を始めとするフィクションに求めるものとあまり合わなかったからずっとハマらずにきた。昨日思い出したけど私は大学で韓国語を取ったことがある。自分の名前すら書けるようにならなかったし、「あなたはどの学科ですか?」っていう一生使えないフレーズの他は何も覚えられずDで落としてしまった。

映画は見てるんですが。「トンマッコルへようこそ」はどこかのミニシアターで観てかなり感動して自分で観て、友達と観て、親兄弟にすすめて、、と熱心に広めた。ぎっしりしているというかがっしりしているというか骨太?で感情をストレートに描いているなという印象。ストレートだけど大げさというよりは正確/的確な描き方でこちらの気持ちが冷めることなく引き込まれた。

中略して「パラサイト」。半年前くらいにTwitterで「大富豪の家に貧しい家族がパラサイトする」っていうちょっとした紹介があった時点からものすごく楽しみにしていて、アカデミー賞ノミネートの快挙とかも相まって正式上映開始前のプレミアム上映とかで観た。面白くて冗長さや無駄がなくてものすごく良かった。無駄がないのと並行して全ての描写が完璧だった。格差の描写でいうと、貧しい側の描写よりもお金持ち側の描写にセンスが問われると思うんだけど、本当に秀逸だった。インテリアやお洋服などの視覚的なことから登場人物の言葉遣いや仕草などの隅々まで全部。

格差の描写での名シーンは無数にあるけど、冒頭殺虫消毒剤のシーン、Wi-Fi、「学校の奴には任せられない。お前に頼みたい」のシーン、お父さんの「すごい能力だ。偽造で単位を取れる」的なセリフ、女性の下着×使い捨てグローブのシーン、元家政婦さんが1階で絵を愛でるシーン、豪雨の日に妹(パク・ソダム)がタバコを吸うシーン、避難所で夜を明かして寄付されたお洋服を着て行った先の豪邸エリアでの「昨日は雨が酷かったわね」のシーン、、格差は構造であり、お金持ち側のちょっとした善意とか貧しい側のちょっとした努力では本当に本当にどうにもならないことが体感として感じられて読後感はかなり重かった。視界には入ってるんだけどお互いが見ようとしてないからには本当にどうにもならないんだという絶望があった。

お金持ちの家族は普通にいい人だった。社長も奥様も優しくて従業員へのパワハラ感もない。けど同時にとてもナチュラルにソン・ガンホ家族(とは知らないけど)を同じグループと思っていない。認めていないというか全く違う世界の人としての適切な距離感で付き合っている。スキルはいただくけど人間性は求めていない。映画を観た後、友達から「ソン・ガンホの”奥様を愛していますか?”という質問に社長はどうして答えなかったのかな。愛情が実はなかった?」と聞かれて「社長としてはソン・ガンホとの関係は良好とはいえ立場は違うし奥様への愛を伝えるような関係ではないと思っていたからでは?」と答えたら友達がものすごくショックを受けてしまった。自分までひどいことを言ってしまった気分。私の解釈が正解かは分からないけど、近い場にいるにもかかわらずそういう相手⇄自分の親愛の気持ちの量や質がものすごく違っているというのは争いの火種になっていくだろうなと思う。

この点で同時期に観た「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のリック・ダルトンとクリフ・ブースの関係性はすごく美しいというか、豪邸をポンと買えるディカプリオがトレーラーハウスでドッグフードぐちゃっとあげてるブラッド・ピットに向かって「家を買わなきゃいけないんだ」と力説するのはいいの?とか、最後の仕事の帰りの飛行機がファーストクラスとエコノミーぎゅうぎゅうという差があるのはいいの?とか気になるポイントはたくさんあった。でも二人の友情は確かなもので、そもそもスタート時点で付き人なわけで格差ありまくりなんだけど、お互いのスキルはもちろん人間性へのリスペクトとやはり「相手に幸せになってほしい」というシンプルな愛情があるから成立していたんだろうと思う。「パラサイト」のお金持ちは、ソン・ガンホ家族にやってもらっている諸々を「自分たちはやらなくていい仕事(地位的に)」だし、彼らがやるのは当然だと思っているから。

 

全然「愛の不時着」の話に行き着かない。

見始めてみたら予想の100倍くらい面白い。枠組みはまさに「セレブがパラグライダーで北朝鮮で軍人(イケメン)」なんだけど、一人一人のキャラクターがとても良い。あと北朝鮮の生活に興味津々。そういう人は世界中にいるだろうから大ヒットしたのも納得。特異でありえない設定なんだけど、観ている側の感情や印象が全てストーリーに組み込まれているから見ていてストレスがない。「南朝鮮のドラマでは記憶喪失」とか「100%恋に落ちる」とか。あと北/南どちらが本質的に幸せかが見ているうちに曖昧になってきて、例えばセリ一族の食卓と中隊長の庭での貝焼きは本能的にはどちらが幸せな瞬間なんでしょうね、っていう。リ隊長が市場で生豆を買ってきて家の窯で焙煎してハンドドリップで淹れたコーヒは、私がフェアトレード仕入れられたサードウェーブコーヒー屋さんで買ってきた豆をカリタのミルで挽いてハリオの珈琲王で淹れたコーヒーの何倍も美味しそうだったし。

本能に関しては人の基本的なものがどんどん網羅されていてそれも圧巻。美や若さへの執着、既婚未婚と子供有無しによる優劣の決めつけ合い、権力への執着、贅沢への羨望と嫉妬(しゃべる炊飯器)、相手は劣る/自分は優っていると主張せずにはいられない性質。←この点では北の人も南の人も共通している。「パラサイト」のお金持ちになるとすでにこのような主張をしようという気すらない。身内以外には決して。

中隊長の部隊のパートがすごく良くて、何が好きかというとみんな率直でいいなと思う。上下関係はあるけど言いたいことを非難や突き上げじゃなくきちんと伝える感じとか。言い方はもちろん敬語で。他には、これはマダムのシーンに顕著だけど英語がステイタスを示しアピールする武器にもなるとなったら普通に習得を目指す感じも健全で好き。単に必死さの違いかもしれないけど「いや別に私がそんなに頑張ってもね。。。」とかの躊躇がなくて個々がそれぞれ強くなろうとする感じがすっきりしていていい。

あと不謹慎かもしれないけど北朝鮮の相互監視の感じってちょっとあんまりひとごとじゃないというか、見張りあって糾弾する感じって自分の周りになくもない感じというか。。見回りで女性といるのを見つかった男性が「外に出て反省の弁を述べよ!」と要求されるシーンであれ?と思ってしまった。服装とかも。「もう着る服のことを考えるの面倒。ファストファッションで十分」を積み重ねた結果と、いろいろな権利が制限されて華美なものが抑圧された結果のファッションが似ていなくもないというか。。。

リ隊長はカッコよくて優しくて完璧なんだけど、その魅力が現代的でとてもいい。
セリの登場の感じはラピュタのシータっぽいからパズーっぽいスタートだったけど、困難を次々と解決する感じは「サーチ」というインターネットを駆使して娘を探し出すサスペンス映画に出てくるスーパー有能お父さんに近く、でも有能さはアロマキャンドルや石鹸じゃないボディーソープで表現されるところが恋愛ドラマとして良い。優しさとか思いやりの気持ちはあってほしい、それらを”適切な”行動で表してほしいという現代的な欲求をドラマの中で叶えてくれている感。現実ではどちらかがないかどちらもない人が大半だろうだからその裏返しということなのかも。

セリについてもその有能さとコミュニケーション能力が最高とか色々あるんだけど力尽きました。それ以前にもう半分くらい見たつもりだったけどまだ3話しか見てなかった。1回分長くないですか?80分だから私がNetflixで見慣れているリアリティーショウより30分ほど長い。相変わらずビンジウォッチ苦手。最後に忘れないように書いておきたいのは、リ隊長はヘルメットをかぶっているとどことなく勝地涼に似ており、ダンさんはKokiさんと武井咲さんに似ており、Twitter情報で知って納得したけどチョルガン少佐が岡村靖幸に似ている。役者みなさんが、顔見ただけでポジションや性格とかのキャラクターを想像できるリアルさですごいと思う。後半というか中盤も楽しみ。