kate100s’s diary

百野毛糸の日記です。

分解と精緻化

今日あることが起きて、おおむねいいことなんだけど過程で納得いかないことがあったのでそのことを関係者に伝えるかどうかでかなり迷った。

 

Netflixでは率直さが求められ問題は当事者同士で解決するとか、冷静に考えると私はNetflixの視聴者なだけで特に勤務してもいないんだけど、そういうあらゆる「直接言いたいことをはっきり言うのが良い」的な本で読んだことのある言説が頭をよぎり、メールを下書きまでしてしまった。

 

勢いで送信ボタンを押しても良かったんだけど、これも別の本で読んだ気がする「怒りの感情は6秒で消える」というのを思い出して一旦下書き保存した。で、代わりにそのあることでお世話になった方にお礼のメールを書いて送信した。この時点でちょっと落ち着く。

 

トイレに行って一旦リフレッシュしようと席を立つ。帰りの廊下で「やっぱりこれは伝えるべき。思い切って送ってしまおう」と思い立って席に戻った。

 

でも待って。この場合の「べき」ってなんだろう。

私の大まかな要求自体は既に通っていて、過程について関係者に知らせることにどんなメリットがあるのか。関係者が知る→本人の評判が悪くなる、ことで私になんのメリットが?むしろ、特に率直さを重んじない会社では言いつけた私が評判を落とす可能性もある。「せっかく希望を叶えてあげたのになんだ」的に。

 

もう一つ。「思い切って」って。

何かしらモヤモヤが残っているからそれを振り払おうとしているのであり、心の中ではもう答えが出ているのではないか。要は「送らない方がいいんじゃないか」っていう直感。その直感を覆そうと頭で色々と言い訳を考えているだけで、原動力は「あの人の対応は腹立たしい」っていう怒りの感情でしかない。その感情は周囲に知らせることで減るかというと、周囲から「まあまあ」となだめられでもしたら増幅しかねない。危険。

 

この辺りで、まだ頭を冷やしきれていないと気づき、コーヒーを買いに行った。次の打ち合わせ準備まであと30分あった。店員さんに「店内で」と告げて席でコーヒーをいただく。

 

場所を変えてみると、まず私が認めなきゃいけないのは「その人の対応で私は長い間すごく嫌な思いをしていて、さらに追い討ちをかけられて傷ついている」という事実で、「別に私が傷ついているとかじゃなくて他の人にそういうことが起きたらまずいなと思って」「社会人としての資質を疑う」みたいな本音っぽい建前は疑わなきゃいけないと気づく。

 

メールを送ることで満たされるのは後者だけで、事実としての私の感情の負荷は何も解消されない。そもそも周囲の言うことを聞くような人なら、何度も態度を改めるチャンスはあったはずだけど、むしろどんどんひどくなっているので逆効果だった。その人にはその人がそうなってしまう理由もあるんだろうし。興味ないけど。で、興味もないなら既に要注意人物と分かっているその人との関わりを最小限にすればいいだけの話で、その人の仕事を改善するためにわざわざメールを書いて送信する必要もなかった。シンプル。

 

20分ほど考えて結論が出て、清々しい気持ちで外に出た。気候もいいし秋は最高。席に戻ると下書きメールのことはまるで忘れて会議の準備をした。気を張る会議が無事に終わって爽やかな気持ちで席に戻り、事後の仕事を色々と進めた。会議の途中で送られてきた「忙しいところすみませんが」という緊急案件を、会議と並行して急いで対応して返信したら「早いね、ありがとう」ととても感謝された。当たり前だけどメールはこういうことのためにある。

今日やらなきゃいけないことを全部終わらせて、とにかく緊縮だからまっすぐ家に帰った。お肉がないから鮭フレーク使って、とか考えながら家につき、帰宅後すぐに冷凍ご飯をフライパンで温め始めてレタスを水につけシャキッとさせながらエリンギを切ったり一気に作る。出来上がったレタスチャーハンを食べ終わってお茶を飲んでいる時、

 

「今日あのメール送らなくて本当によかった!!!!!!!」

 

と心から思った。まず6秒待ったのえらかったし、続けてトイレ行ったのもファインプレーだし、重ねてコーヒー屋さんに行ったのはウルトラCだった。今になってみると「夜中のラブレターは一晩寝かせて翌朝読み返す」とか、感情的なメールはすぐに送らない教えはいっぱいあるんだけどその場では思いつかない。冷静を装った感じの悪いメールを書いちゃったり。本当に危なかった。。

今日穏やかに眠れるのは、自分で自分の気持ちにきちんと向き合ったからだし、今後迷うことがあったら今日みたいに丁寧に対処することをちゃんと思い出したいです。よかったー。