kate100s’s diary

百野毛糸の日記です。

新年度諸々

更新したつもりでこの前書いた記事が下書きになっていた。
「この時まだ衣替え完了しちゃだめだよ〜。毛布とか頑張って圧縮してもまた開けることになるよ〜。同じくニットすべてを圧縮しちゃったから引き出しの奥底に一枚だけ残ってたユニクロの3Dニットを毎日着ることになるよ〜」とアドバイスしてやりたい。三寒四温は昔からいわれているし、やはり衣替えはゴールデンウィーク明けがよいのかも。あと今日「羅生門」を観て圧倒されました。

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急に夏みたいな気温になったから、先週の体調不良の合間合間に衣替えを進めて今日ほぼ完了した。やることを小分けにしてイメージしておくといろいろなことを先延ばしして「今日も何もできなかった、、」と悔やまなくてよくなる。とりあえずテンション上げるために春夏のお洋服を出す、洗う、冬物はがさっとまとめておいて平日の洗濯のときに少しずつ混ぜて洗って乾かしてまとめておくとか。楽しいことだと体が動くのは人間らしい感じ。

今年の衣替えが大変なのは、花粉症がいつもよりひどかったり黄砂注意のニュースが流れたりで洗濯物を外に干せなかったのが大きい。ブランケットとかー。お風呂場でシーツブランケットソファーカバーなどで布まみれになり、こういうアートが昔どこかであって両親が見に行っていたとか思い出してしまった。とにかくだいたい終わった。今もう布団圧縮袋と格闘する元気がないから冬用羽毛布団は来週くらいに持ち越し。外に出たら桜もあっという間に葉桜ぽくなっていた。

こよみモードを見るまでもなく、最近は「一年経ったね」という会話をよくする。
過去の記事を見るといろいろ書きたくなるけど安倍元首相の「うちで踊ろう」リモコン動画は改めてシュールさがすごい。

緊急事態宣言1ヶ月目 - kate100s’s diary

2度目の緊急事態宣言が解除されたのは先月で、外の人出を見るとこの記事(↓)の「終わったな」という印象を受けるんだけど、ワクチンを打てる目処ははっきりせず、それでいてお花見や歓送迎会などで人の接触が増えたせいか感染者はどんどん増えていて要警戒ぽく、私はまだ当分は警戒する必要がありそう。この前ちょっと熱が出たときも自分の1週間前の行動を全部脳内再生して検証し続けて疲れてしまったし。フライパンはこの後鉄フライパンデビューもしました。

体力に自信のない人が快適な暮らしをするための道具について2 -ステイホーム編 - kate100s’s diary

去年のパンデミック初期はこれ。1年でいろいろ変わった。。
あと2020年はめちゃめちゃSNS時間が増えてしまったけど、その始まりがここだったと思い出した(「時間術大全」読んでアプリ消したけどコロナ情報得るためにまたインストールした)。またアプリ消さなきゃかも。動画と記事を日常的に読むようになって、英語聞くのと読むのがスムーズになった位しかよいことがない。

パンデミックと仕事と表現 - kate100s’s diary

英語といえば、ここ数年はかなり日本以外の作品を中心に観ていた気がするけど唐突に日本映画に興味が移った。しかもクラシックなやつ。「パルプ・フィクション」を見返したあたりから昔好きだった旧作をまた観ようモードになり、小津安二郎のDVD手に入れたりしたんだけどそうしていると黒澤明が気になり成瀬巳喜男が気になりで「女が階段を上る時」を観たらすごく良く、「乱れる」も夢中で観た。なんとNetflixで観られる。

高峰秀子さん、あまり作品を観たことがなかったけどすごい女優さんだなと見とれてしまった。でもよく考えたら去年のどこかで「高峰秀子 おしゃれの流儀」っていうフォトエッセイを買って読んでいました。。久しぶりに行った本屋さんに平積みされていてなんか気になって手に取ったんだけど、今改めてみたら「亀の子ダワシ一つ、私の気に入らないものは、この家には何もありません」という帯に惹かれたんだった。当時は物欲が妙に旺盛だったから共鳴してしまった。今はすっかり落ち着いて平穏な気持ち(私不世出の大女優じゃないし)。。でもこのエッセイはまた読み返したい。お洋服やお家の写真も素敵だけど文章も潔くてかっこよく素敵。

基本まだ自粛モードとはいえ春は新しいことがいろいろとあり、去年よりは少しでも上手に対応して楽しく過ごしたいと思います。情報はたくさん、必要以上にたくさん摂取してるからちゃんと体系だてて理解するようにしたい。

申告今年はちょっとだけ紙

去年の確定申告にまつわるイライラは書いていてすでに面白かったけど、今見ると更に可笑しくて私お疲れさまっていう感じ。ちゃんと最後の申し送り事項は記憶していて、でも「即コンビニ」じゃなくて去年のどこかの月にインクジェットプリンターレーザープリンターに変えることで医療費明細コピー問題は解決しました。

紙。超紙。 - kate100s’s diary

レーザープリンターが出力問題を8割解決したとして、それでもまだ問題はあったんだからつくづくすごいイベントだと思う。今年はコロナ渦だし緊急事態宣言もでていたので完全オンラインにしてもよいかなと思っていた。スマホからアプリで申請できるっていうし。

試しに始めてみると確かにスムーズにできる。指示されるままいろいろな数値を入力していくと、あっという間に還付金額もポップアップみたいにでてきた。了承して「送信」みたいなのを押したら「電子申請を受け付けました」みたいな画面がでてきて、念の為スクショしたんだけど(しといてよかった)、医療費明細は出力を申請書の出力に添えて税務署に提出しましょうというからああまだ完全にデジタルじゃないんだな、やはり申請書もプリントアウトしようと思うのにデータの保存やダウンロードからできない。何度クリックしてもだめで3時間待ってスマホを起動したらスタート画面に戻っていた。何を出力すればいいのか。さっきのスクショ?

ここからはいつものように検索を駆使するんだけど、どう考えても医療費の明細をペラ1で持っていってすむとは思えないし、「なくても可」的な情報を探すんだけど見つからなかった。

観念して仕事の合間に税務署に行くことにした。早くいかないと私の拠り所である「電子申請を受け付けました」が無効になってしまうかもしれない。

税務署は感染症対策で導線がちゃんとしていて、「相談あり」か「提出のみ」に分かれていたから「提出のみ」に進んだ。順番を待ってから名乗ってスマホ画面のスクショとペラ1を出して「電子申請を受け付けました、は出たから電子申請は終わっているはずなんだけど申請書類の保存やダウンロードができなくて戻るボタンも押せなくて従って申請書類の出力がない。医療費明細を税務署に提出というので持参しました」と、どうパキパキ答えても間抜けな内容を丁寧に説明した。担当のおじさまは「はっ」といって固まったあと、

「電子申請はしたんですか」→「はい」
「申請書類のプリントアウトができなかったのですか」→「はい」
「ダウンロードもできなかったのですか」→「はい」
「今日は何をお持ちですか」→「税務署に提出といわれていた医療費明細の出力です」

とひとつひとつ確認してきた。我ながらみんながまとまった書類を出している中こんなペラ1だけを預かってもねという感じだろうし、今年は提出免除とかになるのかと予想したら全然違った。どうやらこういうイレギュラーな事態で提出された添付書類に添付する用紙が存在するみたいだった。

担当のおじさままそういう紙があったことの認識も危うく、隣のマダムは知っていたけどそういう紙の在り処は知らず、隣の隣にいたマダムはすべてを知っていて自身が来訪者で接客中に「そこ!引き出しの上!」と短く指示した。おじさまと隣マダムは「あらあったわぁすごいよく場所ご存知でさすが!」と少し盛り上がったけど隣の隣マダムは「さっき別の資料探してたら目に入ったのよ」とひとことだけ参加してすぐ自分の担当の来訪者との話に戻った。助かった。

おじさまは私がその添付書類に添付する用紙に、氏名や住所となぜこういう事態になったのかを手書きで記入している間に別の紙も持ってきた。同じようなことを書いたらおじさまが書く欄もあって、どうも私が書いた事態の説明をおじさまも手書きした。欄外に電子申請のナンバーも書いた(手書き)した気がする。達筆で単語しか読めない。

このようにして私が持っていった添付資料のペラ1は、添付資料に添付する紙、その紙を提出する必要性を書いた紙とホチキスで止められた。

おじさま:「それではこちら受領いたしました」
私   :「お手数おかけしました。よろしくお願いいたします」

というやり取りを最後に完了。すごい解放感。

なんだけど!これやっぱりどう考えても不思議で、スマホ申請のときにいくつかのナンバー的なのを入力したわけで、税務署の何らかの端末を使って私の情報の画面を参照したら電子申請した医療費の総額も載っているはずだし、そこの備考欄(?)とかに「申請書出力不備、提出明細は○○税務署に○月○日提出済」と記載すればよいのでは、、?「電子提出しました」の証明がスマホのスクショ見せる&目視&手書きするだけでよいのだろうか。

総じて「スマホで申請が(ほぼ)完了した」ともいえるからまあいいんだけど。
毎年申請は無事に終わるんだけどいくつもの「!?!?!?!?」が起きるのがお役所の申請という感じ。○○を導入したら(例:マイナンバー)スムーズという謳い文句を毎年見かけるけどひとつスムーズにするとどこかで滞るっていうのは令和3年になっても継続かも。「今年は令和2年じゃなく3年ですよ笑」って、終始オロオロしていたおじさまが急に自信満々に指摘してきた自分の年号感覚の曖昧さも書き残しておきます。

Less is

"Less is more"的な生活がしたいと何度か書いてきた。読んだり書いたりに続いて2019年末くらいから実践し始めた。2020年春からの在宅勤務と緊急事態宣言のせいで、っていうか新型コロナウイルスのせいで、本格的に家の中を暮らしやすく(あと働きやすく)、それでいてストックは適切にキープする難題に取り組むことになった。

減らせばいいっていうもんじゃないから「適切」がどのくらいかを考え続ける一年で、完璧な「適切」なストックだって賞味期限・使用期限っていう落とし穴があり、ホテル療養になった時用のレトルトお味噌汁とか自宅療養に備えたOS1とかの賞味期限は半年くらいで期限が切れてしまった。弱ってる時に賞味期限切れの物は食べない方が良いかもだから買い直したけど古いのもまだ捨てていません。。

食料は災害時の「ローリングストック」というのを実践するしかなさそう。あああとカップラーメン!結構買うのも保管も場所取るのに気付くと賞味期限が切れている。どん兵衛は結構早くなくなるのにカップラーメンはちょこちょこ買ってもあまり食べないかも。多分在宅勤務だから「残業で帰ってきて夜遅くに食べる」っていう状況にならないからだと思う。やっぱり健康面に関してはなんだかんだで通勤がないメリットがあり、運動不足を気にして日光の具合を伺いつつマメに散歩したりするし。

食料以外でもいろいろと更新された習慣があって、ネイルケアを20年ぶりに変えてみた。
何度か書いてるけど爪が薄くて弱くて割れやすくて伸ばせなくて、、、という問題に10代後半から向き合ってきて、セルフケアかネイルサロンにずっと通っていた。素の爪よりマニキュアかトップコート塗る→ジェルネイル全盛期でやっと伸ばせるようになる(デメリットは定期的に通わなきゃいけない負担と料金)→入院の時に落とす→素の爪にしてみようかな−–(すぐ)→無理だからやっぱりジェルネイルにしよう、、、だったのが新型コロナ禍でネイルサロンに定期的に通うのが難しくなった。

最初は数ヶ月の辛抱だと思ったし、インスタ動画みて自分でオフしたり、そのためにいつものアセトンフリーじゃない強めの除光液買ったり、ベースコートのいいのを探したりと非日常を満喫していた。でもだんだん長引いてくると「どうして素の爪がこんなに弱いの」っていう根本的な疑問が生まれる。乾燥対策でネイルオイル塗る、ハンドクリーム塗るとかはずっとやっていたけどどうして?と悲しい気持ちだった。仕事中も爪先を見ていると悲しいのでやっぱりマニキュアを塗るんだけど、本当は「何も塗らなくても健康な状態だけどおしゃれでマニキュアを塗る日もある爪の状態」がずっと理想だった。

最初に目に止まったのが「Dr.ネイル」で、何年か前に一度買ったけど即効性がないのでやめてしまったのを再挑戦することにした。当時はジェルネイルしながらだったから今回は腰を据えてできるかも。ジェルもマニキュアもしない状態で2週間というのでやり始めた。塗った時はいい感じになるけどそこまで効果は感じられず、相変わらずちょっと伸びると爪が欠けて落ち込んだ。

時節柄アルコール消毒で手が荒れる人が多かったから、SNSとかで「ネイル」と名のつく記事をよく見かけてほぼ全てに目を通した。Drネイルの勧めやハンドクリームを塗りましょう、オイルも塗りましょう、オイルのあと化粧水も塗ってからハンドクリーム、、、みたいな既視感のある記事を「あーはいはい」と読み飛ばしていたら「水につけると乾燥するのは肌も爪も同じです。お風呂に入る時も手を浴槽に入れずに爪を守りましょう」という行を見かけて「!!!!!」と衝撃を受けた。

昔からお風呂にぼうっと延々と入ってしまう癖があって、これ自体が問題なのかもだけど「今日はちょうどよく入ったな」と思って時計を見ると1時間40分位経っている日がある。お湯が冷めるのでどんどん潜るような姿勢になってますます出れなくなる感じがまさに「ぬるま湯」という感じ。別のスキンケア記事でお風呂に浸かるのは20分以内だったかな、ボディケアしていても長くお湯に浸かっていると乾燥するというのを読んだ時に、まずいと思ってお風呂の中で経過時間がわかる時計(説明しづらいけど本当にこういう時計が存在する。お風呂で髪を染める方が使うみたい)を買って、目盛りが30分までしかなかったので一周しちゃって意味がない時があるんだけど浴槽に浸かっている時間を気にし始めていた。当然手も足もお湯にINしていた。いくら昼間も夜もひっきりなしにネイルオイルつけても、甘皮だけじゃなくて爪の裏側にもつけても、夜に1時間以上お湯につけていたら無意味なのではないか。

その日から手と足を出してお風呂に入り始めた。イメージは「ワンスアポンアタイムインハリウッド」のシャロンテート(映画館だけど)の姿勢で、なんか気分も優雅になったし体勢が慣れないせいかお風呂から30分以内で上がれる日が増えた。

そしていつも通りDr.ネイル塗ったりオイル塗ったり、、、のケアをしていたら2週間で爪が伸ばせるようになった。明らかに爪が固くてしっかりしだしたし割れないし前みたいに白っぽくならない。世の中の女性はどうしてあんなに何も塗らなくても爪が丈夫で、それでいて必死にジェルネイルとかして保護している私に「女子力高いね」とか言ってきてなんかずるいと思ってきたけど彼女たちはお風呂に入る時間が適切か湯船に爪を浸けてなかっただけかも。。。ふやけていない指と爪はシャンプーの時も頼もしい感じになった。

そんな感じでネイルに関しては「今日は塗ろうかな」という日にマニキュアを塗る、それ以外は基本素の爪っていう昔からの憧れの状態になった。似たパターンとしてスキンケアもそうで、家にいても化粧水も美容液もクリームもクレンジングもすぐなくなるもう嫌!と思っていたら、そもそもメイクがフルメイクじゃないんだから顔を洗いすぎがよくない、洗顔を減らせばその後につけるものも最小限でいい、手をかけすぎない方がいい、、、的な記事をよく見た。半信半疑でまずは塗るものを減らしたら確かに全く肌の状態は変わらなかった。

つけるものをミニマムにして、でも洗顔に関してはやっぱり石鹸で洗いたいという欲求が強くて洗ってしまうし、マスカラはつけたいし専用リムーバーを使うのは面倒くさいからやっぱりオイルクレンジングなんだけど、日焼け止めだけの日はマイルドなクレンジングにできるようになった。つけすぎと落としすぎをやめたら確かに乾燥は気にならなくなった。マッチポンプみたいなスキンケアをしていたんだなと驚いてしまう。「もうメイクなんてしなくていい」とは全く思わないけど、メイクする日/しない日のメリハリがあって肌への負担が減るのは良いことだと思う。

美容に関してはタイトルの通りだけどお洋服に関してはちょっと違くて、レギンスに目覚めた1年でした。もうどのボトムにも欠かせないし着心地の良いものを見つけると嬉しくてリピート買いしてしまう。「絶対にあったかいパンツ(冬に一枚で履いても)」を探し続けなくていい解放感もすごい。あとは靴下の履き心地にものすごく敏感になった。会社に行っていた頃も長時間履いていたはずなのにとても不思議なんだけど、「ずり落ちてこない」以外の履き心地評価ポイントがどんどん出てきた。去年か一昨年のセールで買ったオーラリーの靴下の履き心地は別格で良く、履くたびに幸せな気分になる。あとはオーガニックコットン系のお店やアディダスとかのスポーツメーカーがやはり強い。

ほとんど在宅勤務/オンライン会議あり/たまに出社/昼間に散歩というイレギュラーな一年で一番活躍したのはシンゾーンのお洋服で、気づくと全身シンゾーン、毎日シンゾーン状態だった。ブランドコンセプトが「デニムに合う上品なカジュアル」だったと思うけどリモートワーク期に本当に適していて、着心地はいいけどだらしなくない感じが最高でした。Tシャツの着心地の良さ、デニムのはき心地の良さ、アウターの一枚で完結する感じ、もうずっと好きだったけど本当に着用率が上がった。スリードッツもかなりいいんだけど着心地が良すぎてソファでごろごろしたくなっちゃうので。。とはいえコロナ禍お洋服MVPを決めるとしたら1.シンゾーン、2.スリードッツ、3.サンスペル / アディダス / ユニクロの順かも。ユニクロは3位と言いつつ真冬の今はボア入りパンツをほぼ毎日履いていて、だんだん家、近所、スーパー、病院、、、と活動範囲が広がっています。早くドリスやMameとかもたくさん着たい。たまに着てはいたんだけどやっぱりTPOが違うので。。お花見とかそういう人と会うことが早くできますように。

2020年がんばったことの結果

またこよみモードがあって本当によかった。どうして自分が去年からプランクをやり始めたかすっかり忘れていて「コロナでリモートワークで運動不足になったから」とか答えていたんだけど、実際は2020年1月の人間ドックで「腹囲増えすぎ何か心当たりは?」と指摘されたからで、今年の人間ドックでは「腹囲急に減りましたね何かありましたか?」と聞かれたのだからものすごい成功体験でした。毎年5cm増えたり減ったりしてて変動が激しく、今年も何度か測り直しされてしまった。プランクに加えてこのポストで書いてあるピラティスの教室のシンプルな足の上げ下げ(足首に小さなボール挟んでお腹平らにしたままやるやつ。2019年までは6回くらいしかできなくて残りの4回を必死にごまかしていた)もコツコツやった結果か。

このカフェに行ったこととかも遠い記憶だけどとてもいい時間だったのを思い出した。
新型コロナウイルスの諸々が無事に収束したら行きたいところやりたいことが本当にたくさん。

神接客的 - kate100s’s diary

今年は自分を説得しないのが目標

こよみモードがあって良かった(何度も言っている)
晦日のこのタイミング(23:55)にブログ書くのは初めてかも。

来年の目標はタイトルの通りで、「違和感を相手に悟られてはいけない」のはいいとして「別に違和感を感じていない」→「違和感を感じるはずがない」→「なぜなら〜」と自分にも言い聞かせるのをやめたいと思う。抹消されたかに見える感情は消えてなくなるわけもなく、むしろ手当てされないまま成仏しないイメージ。相手じゃなく他の人に訴えてしまうのの根本原因はおそらくその癖のせいなのかなと思う。去年のこのポストとか本当に感慨深く。。

2/4 - kate100s’s diary

自分を説得せず、本当の気持ちや現実をしっかり見た上で考えて行動していくのが目標です。いろいろ盛りだくさんだった2020年については今また今年何度目かの若干の発熱があるけどとりあえず平穏に終わってよかったです。換気扇掃除とかは早めにやっておいたのでラスト3日寝込んでも大きくは困らなかった。お肉の買う量、冷凍と冷蔵の割合も本当に完璧で惚れ惚れしてしまう。春時点ではまとめ買いが苦手で右往左往していたのに熟練してきたと誇らしく思う。星野源さんが「うちで踊ろう紅白バージョン」で歌った歌詞のように、というか多分「恋」の頃から、というか「地獄でなぜ悪い」でも描かれていたようなスタンスで楽しく過ごしたいと思います。

Pulp Fiction今と昔

諸行無常はインターネットにこそ当てはまる気がしていて、例えば私がNetflixに加入してすぐにクエンティン・タランティーノ監督作品がいっぱい!「パルプ・フィクション」も「ジャッキー・ブラウン」も見放題!と感動したラインナップは永遠じゃなく、先月くらいに観ようとしたら検索で出てこなくなっていた。完璧なタイミングで見返そうと思ったのにショック。

ブログ一周年はNetflix記念日 - kate100s’s diary

しかもこの記事(↑)では「DVDを探すのがダルい」と言っているのだけどこの前棚を整理していたらそこでも見つからなかった。私の記憶だとまず高校時代にホームステイしていたアメリカでVHSテープで買って、それをVHSがなくなりそうなタイミングでカメラ屋さんでDVD化(?)してもらって、また不安になってDVDを別途買ったような。。いつも通り「使いたい/見たい/着たい」と思った時に手に入らないとものすごく手に入れたくなる病を発症して、この一本のためにNetflixApple TV(無料視聴期間中)以外の配信に一旦入ろうか調べだした。

でもよく考えてみたらあったはずの名作である「パルプ・フィクション」がなくなるということは私がいつか見返そうとしていた名作も急に消えてしまうのではないか。やはり保存は物理じゃないと厳しいのでは・・・?と、配信を調べながらDVDも探し始め、そうすると配信どころか正規のDVD自体が見つからないのもあり(あっても愛蔵版で高いとか)、私はコレクター気質ではないので通常版がよく、こうなるととにかく入手したいので「パルプ・フィクション」も小津安二郎コレクションもAmazonマーケットプレイスで買うことにした。いつか観ようと思っていた「七人の侍」についてもバリエーションがありすぎてよくわからず、一番通常版っぽいのをこちらは新品で注文した。

そもそも完璧なタイミングで見返したくて何年も視聴せず放置していたので、DVDたちが届いたら安心してしまいしばらく飾っておいた。

連休に観ようと決めていたのに前半はそういう気分になれず、今日わりと”完璧なタイミング”な気がして見始めた。冒頭の「Pulp」の瞬間から目が覚めるような気がした。懐かしいというより今すごい映画観てる!っていう衝撃。最初に観た時と同じ感覚。かっこいい表現は時代を経てもかっこいいままだと感動してしまった。。これ1994年の作品だからすごい。思えばこの作品は、私が映画を観て感動とかより先に「かっこいい」を感じた最初の映画だったかも。

「かっこいい」と「面白い(ブラックジョーク的に)」だけでできているかのような作品に思えたけど、ずいぶん久しぶりに見返したら全然そんなことないと分かった。ジュールズの聖書からの演説も、場面とのミスマッチが面白いとしか感じていなかったけど今回見てみて最後のシーンがとても大事だとか。あとこれは最新作の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」もだけどタランティーノ監督の人と人の関係性におけるリスペクトや義理というかそういうのの描き方が好きで、今うまく言葉にできないけどヴィンセント&ジュールズとウルフ(とジミー。"Don't Jimmy me!"は"Don't Janet me!"の原型だったと気づいて嬉しかった)のシーンが良かった。この辺りは高校生の頃はあまりピンとこなかった。ブッチがファビアンの前で怒りを抑えて後で車でキレまくるのも、昔は「気が弱いんだな」とか思ってたけど普通に優しさだったり。

ジュールズの演説といえば、ハニー・バニーのシーンからツイストコンテストのシーン、ロイヤル・チーズ&ル・ビックマック、A dog's got personality, and personality goes a long way.、誰のモーターサイクル?、などなど色々なセリフをわりとはっきり覚えている割にストーリーの大半は覚えていないのはなんでだろうと気になった。記憶にムラがあるにも程があると不安になったけどサントラにかなり長くセリフが入っているからでした。。覚えても使いようがないフレーズばかりだな(言葉づかい的に)と思いながら聞き流していたけど20年以上聴いてると覚えるのかも。

あとあのミアのスタイルはパッケージやポスターでも散々見たから目に焼き付いている。シャネルのヴァンプ流行ったなと懐かしいし、かなり長い間前髪ぱっつんの髪型は「パルプ・フィクションのユマサーマンだ」と言われていると思う。

映画を見終わってすぐにどうして私はこんなすっぴんみたいな爪をしているのか不思議になって家にある一番濃いマニキュアを塗ってみた。そうすると今度はどうしてヴァセリン塗っただけのすっぴんみたいな唇で何ヶ月も過ごしているのかと疑問に思い、家にある一番赤い口紅を塗ってみた。web会議だとちょっとした色が濃く見えがちとかマスクにつくとか家にいるのにメイクしなくても〜とかすっぴんもしくは薄めメイクにする理由は無限にあるんだけど、そこを一旦置いておいて濃い色をつけるとハッとするのでおすすめです。

パパのトマトとママのトマトと子供のトマトのジョークは、この映画について学校で話していた時にスイスからの留学生の子が「今まで聞いた中で一番くだらないジョークだ」と言っていたけどそこまでがミアとヴィンセントのセリフだったことにさっき気づいた。完全に分かったふりをしてしまった。ケチャップ。

父に伝言

2020年でいちばん大きな出来事は父を亡くしたことだった。
家族について書いた記事のうち書いておいてよかったといちばん思うのはなぜかこの記事(↓)。

このハゲーーーーー!の音声 - kate100s’s diary

内容としてはこの記事(↓)の方が適切だけど、変な話こういうシミュレーションを日々してしまう癖があるので実際に父の寿命を知らされた時も宣告通りに息を引き取った時も「この日」から2年だったなとしみじみしてしまった。

あの日フォションでお茶したよね - kate100s’s diary

こういう贈り物も父にはもう出来ない。親孝行は出来るうちにしておいた方が良いと教えてくれた先輩方にはとても感謝しています。なんだかんだでビールよく贈っていました。父とアルコールの関係は良くないとずっと分かっていたのに「ビールなんてもう買えない。年金生活だから発泡酒第三のビールしか買えないからありがたい」と言われるとやっぱり。。

kate100s.hatenablog.com

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うちの家族は集まるとみんな超よく喋るんだけど仲が良いかというと少し微妙で、会うと「ああもう半年分喋ったから次はお正月でいいな」的な感覚でやってきた。集まるのはお正月とゴールデンウィークかお盆位。例外は去年地元で集まった父の喜寿のお祝い。この時に写した父が嬉しそうな笑顔の写真が遺影になったので、家族が集まったら定期的に写真を撮っておくのが大事だと思う。

父の闘病中はいろいろな出来事があったのに、もう大半は思い出せない。妙に印象的だったのは父は亡くなる直前に葬儀社に出向いて対面で話したいと強く主張し(葬儀社は時期的に実家への来訪は難しかった)、介護担当の方やお医者さんとその是非を相談したりしていた。すでに歩くのもやっとな状態で「これが最後の外出になりそうだが本人の意志を尊重してサポートしましょう」と医師が言っていると姉から聞き、お父さん最後の外出の行き先は本当にそこでいいのですかとシュールに感じてしまった。父は「コロナ禍なので葬儀は最小限にし参列は家族のみで」をベースに追加の希望を日々更新していたから最終的な遺志を反映できたかは分からないけどみんなで精一杯応えた。

父は個性的な人で長所も短所もたくさんあった。その中でアルコールのことと運転のことは私が子供の頃から大きな問題だったと思う。晩年は加齢からそれらの問題がだんだんエスカレートしてきて、特に運転に関しては加害の可能性があるから常に心配のタネだった。高齢者による事故のニュースを見るたびに心臓がどきどきした。

「車の運転をやめて欲しい」
「買い物はどうするんだ。仕事は」
「歩いていけるでしょう。仕事も車で移動する前提じゃなく探して欲しい。だいたい後期高齢者なのにシフト勤務の深夜バイトとか辞めて欲しい、絶対身体に悪いし」
「親から生きがいを奪う気か」
「生きがいは大事だけどもう高齢だし疲れて事故を起こしたらどうなるの?若い人に怪我をさせたら?私たちを犯罪者の家族にしたいの?お父さんには孫だっているでしょう?」
「心配するな、2年後に止めようと思っている(と毎年言う)」

会話だろうとメールだろうと全てスルーされるので私は少し前から父の車に乗るのをやめていた。こういう会話の後に「車を買い換えればいいだろう」とか「ドライブレコーダーをつければいいだろう」などの意味不明なアクションを起こすので、ここはシンプルに「子供が同乗したがらない=自分の運転に問題があるのかも」と積み重ねで体感してもらうしかない。

この作戦は効いたみたいだったけど解決にはならなかった。母が「お父さんはあなたが大雨の中電車で帰ったから気にしていたわよ」と教えてくれた時、「じゃあお母さんとお姉ちゃんも協力してくれないかな。今は助手席から”運転やめて”って言ってるようなものじゃない?」というと黙ってしまった。車は便利だから。

彼らが「今日の運転は危なかった」と思うと私に言う、私が父に改めて注意する、基本スルーされる、、が繰り返された。この記事(↓)をLINEニュースか何かで知って読んだ時の「ここまでしなきゃなのか。。」と気が遠くなるような感じを今でも覚えている。もちろん家族にも共有したけどその時の反応を覚えていない。実際に父が免許を返納し深夜バイトも辞めると決めたのは病気で余命2ヶ月と宣告され医師から諭された時だったから。

ダイアモンド・ユカイ「免許返納に納得しないおふくろ。オレがとった最終手段は」|芸能|婦人公論.jp

 父の余命宣告が、私の家族に関するいちばん大きな心配を解決するという皮肉な結果になった。いきなりの宣告でショックだし悲しいのもあったけど、正直ほっとしてしまったところもあった。最後に父に会った時、父は「亡くなる前に誰誰には何何を渡したい」というような希望をいろいろと話していた。ふと思い出したように「そうだ、毛糸には」と言い始めたので真剣に耳を傾けたら、「免許は返納したし車も処分したし深夜バイトも辞めてやった」と続けたので拍子抜けした。内心「私に残したいものってそれだけ?」と複雑だったけどもう大人なので「そうだね。これからは家でゆっくりしようね」と優しく答えた。「ありがとう」はさすがに違うだろうと意地でも言わなかった。

 心配が解消されて、父が本当に旅立ってしまい、ようやく喪失感が大きくなっているのが最近。大好きだった祖父や祖母のお葬式のような純粋な悲しさ以上の感情があるのでぼうっと考えてしまう。母と運動とか早寝早起きみたいな地味な習慣をコツコツ継続するのが一番難しいね、三日坊主になるよねと話していた時、「お父さんは正真正銘のコツコツ型だったよね!」と盛り上がった。正確には「お父さんはコツコツ型なのに成果に結びつかない」というのが家族内の定番ネタだった(口が悪い)。

長年毎日NHK英会話を聞いて勉強しているわりに、夫婦のアメリカ旅行でお母さんがカフェラテを頼んだらお父さんが持ってきたのはデミタスカップに入ったエスプレッソだったとか。発音があまりに違うのとそもそも大きさでおかしいと分からないのかと言い合いになり、ここはアメリカなんだから思い通りにいかない仕方ないだろうとしょんぼりしたお父さんに替わってお母さんがほぼ日本語で堂々とラテだカフェラテだと主張しミルクたっぷりのカフェラテを手に入れたなどのエピソードが多々ある。

でもここで大事なのは多分「長年毎日続ける」「努力する」ということだった。英語、腹筋、日記、栄養たっぷりの朝ごはんなど父はいろいろなよい習慣を持っていた。どうして軽視してしまったんだろうね、若いうちに見習っていたら身についたかもね、とひとしきり話していて父は努力や継続のすすめ方がだいぶ偏っていたのではないかという結論がでて大笑いした。

「死ぬ気で」「歯を食いしばって」「苦労なんてものは踊りこえて」「昔の日本の兵隊は」とかとセットで怒鳴りつけてくるから、私は楽しくピアノを弾きたい/本を読みたい/お菓子を作りたい/英語を話せるようになりたいのにどうして邪魔するの?と拒否反応を起こしてしまっていた。父のようなスタンスでは何もかもを嫌いになって無気力な大人になってしまうという危機感。「お父さんは楽しいことをつまらなくさせる天才だね」っていう私の渾身の嫌味が家族の中でしばらく流行った。

父の鬼の形相から「努力」の意味を好きじゃないことを我慢して嫌々やることだと勘違いしていたけど、それは余分なメッセージだった。実際の意味は「ある目的のために力を尽くして励むこと」

努力(どりょく)の意味 - goo国語辞書

で、私は昔も今も好きなことや興味のあることには自然と熱中して取り組むから努力はそれなりにしてたみたい。中年になってから好きなこと以外も必要に迫られてやり始めたけど、しばらく経つとそのうちいくつかは習慣化した。例えばメイクをちゃんとしたいと思い立ったらメイク本の通りに毎日1年間実践するとか。今過去の記事から美容に関するものを探したら遡りきれないくらいあってびっくりした。「特別なオケージョンに向けて」とかじゃなく、自分でいい感じのメイクを出来るようになりたいから続けている。だんだん手を抜くポイントもわかってきて楽しい。

偶然の仕上がりを再現 - kate100s’s diary

子供の頃お菓子作りが好きだったのも、レシピの指示にしっかり従って真剣に作るとちゃんと美味しいお菓子が出来上がるのが楽しかったんだと思う。お母さんも美味しいねと褒めてくれたし。今なんか大事なことに気づいた気がする。

「努力」の他には遠くのことに興味を持つ癖も父のおかげで身についたと思う。
働き始めてから会社の人に「知的好奇心をどうやって身につけたか」を聞かれてそんなものを身につけた覚えはないし好奇心に区別なんてあるんですか?と思っていたけど、母が父を亡くして一番残念なことは「安倍首相の退任やアメリカ大統領選挙についてニュースを見ながら話す相手がいない」だというのを聞いて急に腑に落ちた。母は独身時代から社会問題に興味があったけど、自分の家族にそういう話をすると「あんたが考えて世の中が変わるのか」と笑われていてつまらなかった。父と交際するようになってそういう話ができて面白かったと。

確かに「朝まで生テレビ」を録画してまで見る夫婦は変わっている。ひとごとじゃなく私も学生時代に、知り合いの紹介でバイトだったかボランティア的なのだったか忘れたけどスタジオで「朝まで生テレビ」を観覧する体験をしていた。この話をバイト先の先輩にしたら「人が喋ってるのを朝まで座って見てるなんて1万円もらっても耐えられない。大学生ってすごいね!」と感心されたのを思い出した。関係ないけど「人が喋ってるのを座って延々と見ることに耐えられる」特性が案外仕事に活かされているのですごい。そんな感じで映画とか音楽とか小説などの文化に加えてニュースと外国に関する興味が強くなったのは間違いなく両親の影響。

 私はもう少し早いタイミングで運転をやめて欲しかったけど、お母さんは「車で連れて行ってくれる人がいない」「アメリカの選挙について話す相手がいない」と寂しがっているのでお父さんが最後まで運転にこだわったのは100%悪いとは言い切れないかも。ただしあの運転で事故を起こさなかったのは本当に奇跡だからたまたま運が良かったと謙虚に受け止めて欲しい。年内は無理そうだけどコロナ禍が落ち着いたら希望どおりちゃんと納骨しに行くから安心してください。