kate100s’s diary

百野毛糸の日記です。

○○中毒

昔から自分が活字中毒だと思っていて、電車で通学するときは必ず文庫本一冊は持っていないと不安だったし旅行に行くときは持っていく本を下着とかより先にピックアップしていた。スマホが普及してからは活字欲はツイッターが、雑誌欲はインスタが満たしてくれるから本を持ち歩くことがだいぶ減った。鞄に入っている本より、その日本屋さんで出会った本から先に読みたくなるのはどうしたらいいんだろう。

 

ここまで書いていて年末にアップデートしたMac OSの予測変換がうまくいかなくて泣きそう。何書こうとしたか忘れるくらいやりにくい。。もっと柔軟に予測変換して、、。私柔軟を「じゅうなん」って書かないからー。。

 

お正月は実家で過ごすから買ったばかりのKindleを持っていった。前に買ってほぼ使えなくなったKindle用に電子化した250冊くらいの本を入れて(充電が本当になくならなくて感動)。

 

前にも書いた気がするけど、目に入らないものは忘れてしまうから買った記憶が薄れていた本がたくさんある。当時夢中になって読んでいたリリー・フランキーの本がたくさんあって年始はそれを読んでいた。年始は山田詠美とかも。吉田修一とか本谷有希子とか、読み返し逮捕、読み返したい本がいっぱいある。←逮捕て本当に何とかしてほしい。。

 

リビングに置いてある新しい本もたくさんあって、「Timeless」とか「静かに、ねえ、静かに」とか「私以外みんな不潔」とか「公園に行かないか、火曜日に」とかもう本当にたくさんあるし、「Shoe Dog」「GAFA」みたいに半分しか読んでない本もある。

 

そんな感じで帰宅して、自分の家に戻ってきて最初にしたことはスピーカーをONにしてiPadを起動してボヘミアン・ラプソディのサントラをかけることだった。その次にコーヒー豆を挽いてコーヒーを淹れる。音楽が心に沁みて生き返る気分になった。

 

実家ではテレビのついている時間が長くて、それは私も紅白歌合戦箱根駅伝は夢中になって見るんだけどずっと見ているのはきつかった。喋るなら喋る、見るなら見るが良くて、そのへんが錯綜している時間が長くなるとしんどくなってくる。ご飯食べながら会話しながら討論番組を見るのとか苦行だったな。。

 

約1週間ぶりに聞くQueenはなんだか神々しい。大掃除をしながら聞いていたのは星野源とか今更ながら米津玄師とかだったけど、年始はとにかくQueen。レディーガガじゃなく。帰り際に父親が「ボヘミアン・ラプソディーってあれだろ?ボヘミアンが人気バンドになるまでの音楽映画だろ?」と色々と勘違いしていたのをちゃんと訂正すればよかった。

 

大きい音が苦手でイヤホンを付けられないので家を出ると音楽を聞かない。今回実家に帰ってみて一番恋しかったのは音楽だった。活字欲はスマホKindleで満たされていたからだけど。

 

大事なのは、実家にいる間に「音楽を聴きたい!」という欲求は自覚できてなかったこと。家に帰って聞いてみて初めて「音楽が不足してた!!」と気づいた感じで、こういうことは他にあるかもしれない。ひょっとしたら私は常日頃から猫や犬を飼いたいと思ったことがないとか言ってるけど、飼ってみたら「私の生活に足りないものは猫だったんだ!!」ってなるのかもしれない。やりたいことをやってみるのはもちろん大切だけど、興味ないことを始めてみて「これだ!」もしくは「これかも?」みたいに思うことがあるのかも。お正月に親とか姉家族とかと話していて、「自分がこんなことをするなんて思っていなかった」みたいなエピソードが色々出てきていたし、今年はそういう、自分に似合わなそうなこともやってみようと思います。