kate100s’s diary

百野毛糸の日記です。

お支払い先はプロの技術

ジェルネイルをお休みして数ヶ月が経って、セルフネイル楽しい❤︎今時のマニキュア塗りやすい❤︎❤︎塗り替えもストレスフリー❤︎❤︎❤︎って盛り上がってたんだけど冷静に考えて塗って数日で先端が取れてしまうのは異常なんじゃないかと気づいた。気づけば3日に一回は塗り替えている。

 

アセトンフリーの除光液を使う、ネイルオイルをこまめに塗る、寝る前のハンドクリーム、とかはふつうにやっているんだけど、二枚爪はどんどん増えていく。

 

ファイリングは一方向、表面もやさしく整え、甘皮をふやかし、、、とケアの工程を増やしてみた。一方向ではなかなか長さが整わず、表面は薄くなる予感がし、甘皮をふやかしたはいいけどその後の甘皮はどうすればいいのか途方にくれる。ガーゼ等を使ってやさしく除去ってどうやって!?

 

長年ネイルサロンに通っていたのにすっかり忘れていたけど、サロンにはケアのみのメニューというのがあり、意識の高いマダムは月1とかでそれを目当てに通ってくるとか前に聞いていた。

 

ネイルサロンにいくのは「こういう色を塗りたい」とか「ジェルで長持ちさせたい」とか、きれいに塗られた爪に仕上げるためだった。そのための数千円。ケアのみに同じような金額を払うなんてどういう人なんだろう、よほど爪のコンディションが悪いんだな、くらいに思っていた気がする。

 

私の爪はすごく薄くてすぐに割れてしまうので、初めてカルジェルに出会ったときは「これで伸ばせる!!」と感動した。感動はすぐに薄れてしまい、いつもいいコンディションでいるのが当たり前のようになっていたけど、もともとケアが必要な爪だった。ジェルをのせていない今は特に。

 

近くのネイルサロンに予約を入れ、期待値が高まった。お店につき席に案内され、カウンセリングを受けながらいつもは自分でしているケアをしてもらう。

 

やっていることは似たようなことなのに、そのあまりの丁重さによくわからないけど泣きそうになった。爪の先や表面をそうっと削りやさしくパックしたくさんの道具を使って甘皮が処理されていく様子は、和風の習い事の美しい所作をみているみたいだった。思えば自分でケアするときは、また塗り直しだ、とか、また二枚爪!とか、また形がなかなか整わないとか、苛立ちの気持ちがあった。マニキュアを塗る瞬間は雑念があるとうまくいかないので精神を統一しているけど、ケアの時間にはまとめると「このステップをさっさと終わらせたい」という明らかな邪念が入り込んでいる。

 

大満足でお店を出た。二枚爪はどこかに消え、何も塗っていないのに健康的な手元にしていただき、このお金は全然惜しくないと思う。割と器用だったのもあって、若い頃は「自分でもできること」にお金を払う意味がよくわからなかったけど、ようやくわかった。同じことをしてもひとつひとつの工程の仕上がりには圧倒的な差があり、爪への負担の少なさも、見た目のきれいさも、どれをとってもプロの技術はすごい。当たり前なんだけど。ジェルみたいに自分の家にない機械とか設備にお金を払っていると思っていたけど全然違う。

 

ほぼ毎週通っているピラティスも、もう数年通っているから家でもできるんじゃない?と思わなくもなかったけど、多分そういうことじゃない。いつも元気のいいインストラクターの先生が作り上げるテンポ、合間合間に教えてくるポイント、ひとりひとりへの指導、そういうものがあってこそのエクササイズだろうし、そもそも私は家ではだいたい何もできないんだった。

 

これはあの、年齢を重ねると表面より土台を整えることが大事で〜ということかもしれない。考えを進めていくと外見より内面みたいな結論になりそうだけど、外見に内面は現れるからやはり外見も整えていたいし、だから肌の土台ということでハイライトとかフェースカラーとかこれまで見向きもしなかったアイテムに目がいくようになる。その上大人にこそ似合うリップカラーとかもあって結局はお金はかかるんだけど、物だけじゃなくてプロが提供してくれる情報や技術に敬意を表したお金の使い方が大人の消費なのかなと思いました。甘皮をきれいに処理した爪はほっそり長く見えてとてもきれいです❤︎