kate100s’s diary

百野毛糸の日記です。

あの日フォションでお茶したよね

今年は台風その他自然災害が多く、幸いにも自分の身になにもなかったから少しだけど募金とかマメにしていたんだけど、もうこの募金はどこ宛てだっけ?って混乱するくらいあちこちで被害。

 

この前の台風は特別にすごくて、風が強くて強くて強くてあ、こういうとき、窓って割れるのかも?と思いながら眠れずにいた。寝たけど。30分後くらいで。

朝起きると台風一過の晴天で、気温もとても高くて久しぶりにサンダルで出社した。トップスはノースリーブ。色は黒にしたけど「夏すぎじゃない!?」といろいろな人に突っ込まれた。

 

そんな感じで大変だけど被害はなく、のつもりでいたのに、実家の両親いわく実家のベランダに設置されたサンルームの屋根がはがれて隣の家の敷地に飛んで行ったという。気づいたのはお隣さんが飛んできた屋根を持ってきてくれたからで、それまでは”半分、青い”(母談)空に気づかなかったとか。「あの日から晴れてたから・・・」ってそういうものなのかな?と信じられないんだけど、自分も家の間取りを聞かれてろくに答えられなかった経験があるからとにかく人は住んでいる家のことを意識しないものなのかもしれない。

 

電話でその話を聞いたときはちょっと笑ってしまったんだけどよく考えたら深刻で、屋根を直すってけっこう大掛かりだろうし、さらに、あの台風でのもっと深刻な被害(車庫のシャッターがゆがんで開かなくなったとか)がどんどん報告されており、屋根とはいえ母屋ではない箇所の不具合の点検はずっと後回しになるそう。

 

幸いにも姉が大騒ぎをし、屋根がオープンなまままた台風がきて部屋に水が入ってきたら困る、とアドバイスしてくれた。父は姉から受けた土嚢を置いたらいいよ、という的確なアドバイスを、土嚢なんてもったいないと、猫よけにしていたペットボトルを積み上げるっていうアレンジを加えて実行していた。隙間ができるし意味あるのかな?と思ったけどもう祈るしかない。

 

そんな中、両親が久しぶりに東京にくるというのでお昼ご飯を食べた。いろいろ考えてお見舞金を包んだ。親にお金を贈るのはどうなんだろう、と思う気持ちもあったけど、見ず知らずの人には募金するのに、一番身近な人になにもしないなんてなんか変だと思い直した。断られるかな?と予想していたけど両親はすんなりと嬉しそうに受け取ってくれた。娘の気遣いと成長がうれしかったのかもしれない。

 

気づけば最後に実家に帰ったのはお正月で、父親は執拗に今年に入ってから会った回数をカウントした。何度数えても2回で増えることはなく、1年に2回、自分があと10年生きるとしたら2かける10でなんと娘と食事をする回数は20回なのだと訴えかけてくる。20回が多いのか少ないのかよくわからないな、と思ったけど、とりあえず「えー、20回!少ないね!!」と反応してみた。

 

両親は父親の運転できていたんだけど、当初の予定では彼らが私を拾って目的地に行くはずが、なんかいろいろ難しかったのか急遽私は電車で来るように言われた。私の家から目的地は20分もあれば行けたので、最初からそのつもりだったんだけど迎えにきたいというので従っていたら土壇場の変更。親孝行は難しいなと思う。私は昔から自立心が旺盛で、大人になってだいぶ経ってから頼るのも親孝行だと知ったんだけど、後者については覚えてから日が浅くてまだうまくできない。

 

父から「我々は”Fauchon”に」というメールがきたので電車を降りてお店に向かった。ランチ前の待ち合わせだから店の前で待っているのかな、と思い急ぎめで向かったら二人はお店の中に座ってコーヒーを飲んでいた。贅沢。多分すごく怪訝な顔で店内に入った。両親は私があまりに早く到着したので驚いていた。ここにくるまで紆余曲折があったらしく、なんとなく空気を察して大人しくコーヒーを頼んだ。コーヒーは700円で、想像よりはよかった(1200円くらいしそうなイメージ)。

 

いつからか忘れたけど、両親に会う日は元気に見える服装を選ぶようにしている。今日はアニエスベーの赤いニットとsuesadaのワンピース。今季一番のお気に入りコーディネートかもしれない。父も母も今日の格好はいい、顔色もよく元気そうにみえると嬉しそうだったので狙いは成功した!と私も嬉しかった。

 

父と少し離れると、母は道中のトラブルや揉めたエピソードを次々と暴露し、それにしても贅沢なお茶だったね、まあ思ったほどの値段じゃなくてよかったけど、1時間以上ゆっくりしたしね、隣の人が食べてたクロワッサン美味しそうだったわね、あらこっちにDean & Delucaだってスターバックスだってあったのになんでわざわざ高級店に、みたいに話していたときに唐突に

「でもさ、あとから振り返って、あの日フォションでお茶したよねって懐かしくなるのかもしれないし」

って自分で言って泣きそうになった。

 

20回ってなに。少なすぎるでしょう。だったら一回一回を特別なものにしなきゃいけないし、私たちは家族旅行とかするタイプじゃないからそういうこともなさそうだけどよくないんだろうか。元気にみえるお洋服選び、お見舞い金、敬老の日に母の日に父の日に誕生日。そういうのがいつか確実にできなくなる。

20回のうち10回は東京にきたりできるだろうけど、だんだん横浜近辺になるかもしれない。あ、そうなったら10回がまた増えるかも?

父のオリジナルの計算方式では数はいつも安定せず、だからきっと20回なんてうそのようにたくさんになるかもしれない。実家に帰ってこないことをやいやい言われるんだけど、よくよく聞くと実家の私の部屋はガラクタでいっぱいで寝る場所もないみたい。なんかそういう感傷と突っ込みどころが満載なのがまさに私の家族っていう感じで、とにかく早く、施工会社が見積もりにきて、修理が無事に終わりますようにってやっぱりもう祈るしかない。