kate100s’s diary

百野毛糸の日記です。

グレイ・ガーデンズ・ショック

ガーデンズとショックの間に・が必要だったのかよくわからない。観てきた映画に心を撃ち抜かれてしまったので興奮しながら書いています。

 

アメリカで伝説のドキュメンタリーとか、とても貴重な機会だとかの情報をツイッターで見かけて、少し前に前売り券を買っていた。日曜日の夜だし、気が向かなければ行かなくてもいいかな、と思ったり、映画の後のトークショーが楽しみだったりしながら。

 

段ボールも開けられずに食べて寝てばかりいた土曜日と違い日曜日は活動的だった。やることリストは完遂、もちろん積み上がってた箱も全部開けてしかるべきところにしまい、最後に開けたバルミュータのトースターでバタートーストとかチーズトーストとかして美味しさに感動したりした。魚沼のユリが気づいたら咲いていておお!!と驚いたのもあった。台風一過で晴れたのでお布団が干せたし、余力があったので床を磨いたりもできてすっきりした。

 

そんな感じでゆとりをもって映画の時間を迎えて渋谷に向かった。ドキュメンタリーということ、母娘の話だということしか知らずに観始めたので最初の10分ほどで驚愕した。私今何を観せられてるの!?!?!?!?!?

 

素敵な二人に魅入ってしまうとか、そういうのじゃ全然なかった。ある意味不快感というか、 annoyedな感じ?もうやめて〜、みたいな心境で観ていた。でも目が離せない。

 

映画の後のトークが聞けて本当によかった。コラムニストの山崎まどかさんと詩人の文月さんが登壇。文月さんがまさに、「私今何を観せられてるんだろうって」とお話しされていて、私だけじゃなかったんだとすごく安心した。

 

背景を知ると今観たものがどういうことなのかが徐々にわかってきた。madwomenでよかったのか、壊れてしまっているでいいのか、とほっと?するとともに、ところどころのセリフに関してはあれ私のおかーさんこういうことたまに言うけどな?ってことは私の出生家族も共依存的なあれなのかな?とか考え出したらものすごく怖くなった。

 

ファッション。それもこの映画を観ようと思った理由のひとつで、マークジェイコブスとか、いろんなデザイナーに影響を与えたと説明されていたのでそういう目でもみていた。とてもユニークな服装、ヘアスタイル(巻物)、お顔、体型に釘付けだったんだけど、そのファッションへの執着の話を聞いていてもう一度怖くなった。私もこういうところ多分にあるのでは?

 

廃墟みたいな家に閉じ込められていても自分をよく見せること、着飾ることにエネルギッシュな〜みたいなお話があったけど、一人で出かける時もどんなお洋服を着ようかすごく考え、むしろその方が自由にファッションを考えられて楽しいな⭐️とか思ってしまう自分はリトル・イディー一歩手前なんじゃないか。歌って踊れないだけで。。

 

トークが終わって家に帰る途中も夢中になってこの映画について検索して、とにかくこの映画が撮られたときのリトル・イディーの年齢がものすごく気になるのにわからなくていらいらして(結局まだわからない)、検索をあきらめてぼうっと考えることはこの映画をきっかけに自分の生活っていうか生き方が変わりそうなこと。

 

いくつになってもおしゃれで〜というのは褒め言葉だと思うけど、それはきちんとした生活とセットでなんだと心から思った。バランス。いびつなバランスで生きているグレイ・ガーデンズの二人は不思議?奇妙?な魅力があったけど、それは彼女たちが名家のお嬢様だからで、ふつうの人がああなるのは危険すぎる。母、ファッション、その二点において「ぎゃーこれ私の将来かも?」ってだいぶ怖くなったけどよく考えたら共通点あまりなかった。杞憂にもほどがある。

 

でも、なんかちょっと他人事に思えないというか、それがこの映画のすごいところなんだと思うけど、とりあえずアイリス・アプフェルも観たり、いろんなパターンを見てみたいと思った。今の時点では独身でいるのまじでヤバいかも、みたいな心境になってるけどどうなのかな。

 

それはそうと山崎まどかさんが本当に素敵な方だった。溢れ出る知性とユーモアとか書くと陳腐だけど、そうとしか言いようがない位知識?教養?の豊かな感じ。それらがすごく的確にシェアされる感じは聞いていて本当に気持ちがよかった。センスの良さ半端ない。レディ・バード観ておいてよかった。著書も読んでみたい。落ち着いてきたのでお風呂入って寝て映画と自分の将来のことは一旦忘れて月曜日からは粛々と働きます。