興奮していて何を書いてるかわからなくなってしまうかもしれないけど、興奮しているうちに書いておきたい気もして書くことにする。
去年の11月に、ライターの雨宮まみさんが亡くなった。まみさんの書く文章が好きで、まみさんが紹介してくださったものを買ったり観たり試したりしていた。ニュースを目にしたときはすごくショックで、でもそんな感情を共有できる友達がいなかったからひたすらツイッターやブログを検索していた。
まみさんが紹介してくださったものは素敵なものが多かったけど、全部を取り入れたわけではなかった。その中で唯一観に行こう、としては毎回直前に何かが起きて観に行けなかったのが『阿弖流為〈アテルイ〉』だった。
確か亡くなる少し前の夏頃、まみさんはツイッターでこの映画?舞台?の上映を何度も告知していた。告知というより、今日も観た!素晴らしかった!みたいな内容だった気がする。リンク先を観て、歌舞伎か、私向きじゃないな、とスルーしていたんだけど、あまりに頻繁におすすめされるから観てみようかな、と思って、でも機会に恵まれなかった。
今日は午前中ずっとだるくて横になっていて、お昼頃から調子がでてきたんだけど痛み止めが完全に切れてしまいお腹が痛くて、気を紛らわせようと映画館の情報を検索したらなぜか一番上に阿弖流為〈アテルイ〉がでてきた。どういうアルゴリズムだったんだろう、全然分からない。
シャワーを浴びて、お昼ご飯を食べて間に合いそうだったら行ってみようと思ったらちょうどいい時間からの上映だった。内容もろくに知らずに劇場に向かった。
まず度肝を抜かれたのは上映時間の長さで、最後まで観られるか不安になったけど徐々に徐々に引き込まれていった。最後は登場するみなさんの美しさに息を飲んだ。始まりとラストで顔つきがどんどん変わっていく。演技ってすごい。動きがすごい。完全に圧倒されて劇場をでたらもう18時を過ぎていた。
座っていただけなのにものすごい運動をした後のような気分になり、うどん屋さんでアボカドうどんを食べた。出演していた役者さんのこと、雨宮まみさんのこと、衣装のこと、女形のこと、雨宮まみさんのことを交互に考えた。
またひとつ雨宮まみさんのおかげで興味を持った分野ができた。歌舞伎はまだハードルが高いけど、今までよりも少しだけ興味がでてきた。雨宮さんの著作を全部読んだわけじゃなくて、全部読んでしまうのがちょっと怖いのもあって手をつけていない本がいくつもある。もちろん、書いていたことに全て同意していたわけでもない。それでも、訃報が流れた後、いろんな人のツイートを読んでいた時に、誰かが書いていた「読んでいるのはこっちなのに、聞いてもらっている気分になる」感じは他の人にはない気がしていて、この喪失感はまだまだ大きい。
私は雨宮さんがいない世界を生きていかなきゃいけないんだな、と思う。40代になったまみさんが書いてくださるものを読むことはもうできない。それでも、気に入ったものは全力でおすすめするとか、そういうまみさんから学んだことを受け継いでいくことが、ファンとしてのあり方なのかなという気がして、本当にまだ圧倒されていて何書いてるかよく分からないと思うけど、阿弖流為〈アテルイ〉はすごかったこと、それをあの熱量でおすすめしてくださったまみさん、今回もありがとうございますっていう気持ちを、残しておきたいと思いました。あとは、出会うべきものは何回逃してもまたチャンスはやってくるのかもしれない、みたいな感覚も。大げさだけど、今回の手術がなかったら療養もなくて今日の観劇もなかったかもしれなくて。点と線。