流し見が得意じゃなくて

テレビをこまめに消してしまう。ちょっと別のことをしているな、と気付くとすぐに消す。誰かからメールがきて、返信するときもだいたいそう。朝の支度の時間以外は、テレビをつけているときは見ているとき。

 

男の人と付き合うときにびっくりするのが、テレビをつけたまま電話で話す人がとても多いことだ。話がこんがらないのかな、と思うけど平気みたい。女の人のほうがマルチタスクに強いというけど残念ながら私には当てはまらず、立ち止まらないとスマホを操作できないから、それどころか座らないとちゃんと考えられないから駅のベンチによく座る。駅に貼られた「歩きながらのスマホ操作は危険ですのでやめてください」ポスターを一番実践しているのは私なんじゃないかと思う。

 

見るときしかテレビをつけない家で育った。夜7時までのテレビは禁止で、親の許可した番組しか見られず、それぞれが見たい番組を新聞のテレビ欄で赤いペンや青いペンで四角く囲んでおくような家だった。今思えば子育てノウハウ的な何かを参照していたのかもしれない。習慣というのは強力で、もう十年以上一人暮らしをしているけど、昼間テレビをつけることに罪悪感があるし、常に自分が本当にこの番組が見たいのか気になり、見始めてもすぐに消してしまう。

 

お正月に実家に帰ると毎回驚く。昼間何時に帰ってもつけっぱなしのテレビ。お茶を出してくれる前にテレビのリモコンを渡される。私の受けてきた教育はいったい何だったのか。

 

姉から姪っ子のかわいい動画が送られてくる。歌ったり踊ったり、本当に芸達者でかわいらしい。それでも私が気になるのは背後に鳴り響くワイドショーのジングルの方で、あれ、お姉ちゃんはテレビつけっぱなし生活をしているんだな、と毎回思う。

 

これはテレビだけの問題じゃないのかもしれなくて、例えば私は人といるときにスマホを見ることがものすごく苦手。人がどうしていても気にならないのに、自分は目の前の人以外とコミュニケーションをとることがどうしてもできない。一見いいことに思えるけど多分逆で、私がいつも人付き合いに疲れ果ててしまうのは人と真剣に向き合いすぎるからなんだと思う。

 

「テレビの流し見が苦手で〜」と昔の上司に話したことがある。ずっと最難関の学校を卒業してきたその方は、「それはまだ余裕があるからだ」と言い切った。限られた時間の中でものごとを広く知ろうと思ったら、真剣に見ている以外の時間も情報を浴びていなければ追いつかない。政治経済スポーツ全ての話題をカバーしようと思ったら確かにそうだ。私はスポーツニュースが始まるとすぐにテレビを消してしまう。

 

常に100%没頭していないといけないなんてことはなくて、例えば一緒にいるときにお互いが好きなことをしていて、たまに共有するくらいでいいのかもしれない。テレビも、たまたまつけっぱなしにしていたら始まった番組で何か発見があるかもしれないし、そもそもそんなに毎回毎回発見があると思っていることの方がどうかしている。

 

新聞を読めなくて困っていた。ちゃんと読もうと思ってためて、結局読まずに捨ててしまう。何度も休会と再開を繰り返している。そのちゃんと、をやめてみた。

 

疲れているときは、エレベーターの中で見出しだけみてそのままにしたり、時間のある日はじっくり読んだりする。たまに知らないスポーツについて読み込んだ上にネットで調べたり、家庭欄の話題に癒されたり。新聞から与えられているように感じていた「圧」が減った。

 

時代がどう変わっても、私のように興味のあることにしか目を向けないタイプの人こそ、テレビや新聞みたいに編集されて一覧できる情報に触れる必要があるんだと思う。必要なのは、くまなく見ようとか、あとで落ち着いてゆっくりみたいなスタンスじゃなく、そのときに吸収できる分をさらっと、みたいな感じなんだろうな。昔占い師をやっているマダムと、「あなた、真面目なタイプね」「そんなことありません」「うふふ。真面目な人は絶対にそう答えるのよ♪」という会話をしたのを思い出す。