kate100s’s diary

百野毛糸の日記です。

チェーンスモーキングさながら

さっきまでハンバーガーを食べていて、ちょっといいハンバーガーにはだいたいポテトも付いてくるから、バーガーもポテトも熱々のうちに食べたくて交互に交互に、早く早く早く早く!って食べていて疲れてしまった。

 

帰りがけにちょっとだけ、本当にちょっとだけのつもりで閉店間際のデパートの靴売り場に寄った。シーズンのはじめに定価で買った靴のブランドの前は目を伏せたまま通り過ぎ、大好きペリーコ売り場に向かう。

 

息が止まりそうにびっくりした。私の愛するtaxiの木型の、最近見かけない6.5cmヒールという私の足に一番フィットするパンプスがセールになっている(最近のtaxiは8cmヒールが主流)。きれいなスカイブルーのスエード、深い色味のネイビー、シンプルな黒のパテントの3色が置いてあってどれも素敵だった。

 

裏返してサイズを確認していると店員さんが「おサイズお出ししますよ」と言ってくれて、「taxiの6.5cmって最近見かけなかったので嬉しいです!しかもセール!36 1/2はありますか」と前のめりで聞く。在庫の確認を待つ間に別の靴も見てみたけど、履き心地はもちろん見た目の綺麗さもやっぱりtaxiがよくて、在庫があるといいなと祈るような気持ちだった。

 

「お客様」

店員さんが戻って来る。

「36 1/2ですと、店頭の黒のパテントのみのご用意になります」

どの色も素敵で、持っていない色にも惹かれたけど黒はスムースレザーのものしか持っていなかったのでパテントいい!と思って履いてみた。いつも通り完璧なフィットで、買うことを即決した。

 

「運命でしたねー」「本当に、通りかかってよかったです。遅くまですみません」「いえいえー。サイズのご用意があってよかったです!」「そうですよね、いつもはセールになる前にサイズがなくなりますもんね」うきうきしながらエスカレーターまで送ってもらった。

 

今週はとてもハードだった。先週末がものすごく疲れていたから、その延長で始まった仕事はつらく、なんとか元気を出そうと思ってのハンバーガーだった。思わぬおまけですっかり上機嫌になって、大雨の中しっかりした足取りで家に帰った。

 

郵便受けを開けるとアマンからの荷物が届いていた。そういえば数日前にペリーコのオンラインストアのセールでパンプスと、ペリーコサニーでサンダルを買ったんだった。ネットでの買い物は緊張する。特に、普段避けているアンドレアの木型の、ヒールの高さと形を考えると履けるかも?と賭けのような気持ちで選んだパンプス。色はコーラルピンク。サンダルは肌馴染みの良さそうなベビーピンクで、とはいえ肌馴染みも何も画面で見ただけだからこれも賭けで。

 

計3足の靴を持って家に入る。さっき買った黒パテントはいいとして、問題はオンラインで買った2足。段ボールを開け、緩衝材で丁重にラッピングされた靴箱を開けてみるとパッと明るいコーラルピンクのエナメルパンプスが目に入った。両足分を出して、恐る恐る履くとぴったりフィットしてほっとする。画面で見るより履くとかわいくて、デイリーに履けそうなローヒールが増えてよかった。

 

サンダルはとても履き心地のいいストロー素材のフラットシューズで、こちらもとても気に入った。買い物がどんどんうまくいって楽しくなった勢いで段ボール等々をすっと片付け、靴たちを持って玄関に行く。ものすごい集中力で断捨離をした。もう捨てたりzozousedに売りに出した靴の箱、香水の箱はもう要らない。冬用の靴は後ろに。クリスチャン・ルブタンとかの鑑賞用の靴は上に。よく履く靴、この夏たくさん履きたい靴は取りやすい真ん中に。やることはいっぱいあって、てきぱきと判断して進めた。

 

更に思い出したんだけど、ステラ・マッカートニーからのセール通知を見てテンションが上がりセールページを見たら、私が今シーズンの初めから狙っていたミッドナイトブルーのリボンの靴がセールになっていたので買ったんだった。在庫はあとわずかで、イタリアからの取り寄せだから入力がふつうのネットショッピングより面倒だったけどさくさくこなし注文を済ませた。少し時間がかかるけどもうすぐ届くはず。

 

配置はとても迷ったけど、モデルさんが履いている姿の美しさを思い出して鑑賞用の棚に並べることにした。今はスペースを空けている。

 

靴を買って帰り家で靴を受け取り次に届く靴のためにスペースを空けるって完全にどうかと思う行動なんだけど、もうこれは絶対的に趣味で偏愛。20代の頃から靴を積み上げてしまうところがあって、イメルダになりたくなくて必死に少なく少なくを心がけてきたけどなんかもう抵抗をやめることにした。靴の数の分だけお出かけ欲は増えるし、こうでもしないと私は家から出られないんだと言い聞かせる。セールには失敗がつきものと考えると今シーズンの引きはすごく強くて、だけどその引きと残りの資金は必需品の洗濯機の買い替えに活かさないといけなくて。

To Doリストを完遂しない

しない、というか出来なかっただけなんだけど今日は本当にじっとしてばかりの1日だった。

 

史上最も早い?梅雨明けをしたのが金曜日で、気づけば家の温度計が30度を超えていて、エアコンをつけ始めた。土曜日は友達とランチして、『パンク侍、斬られて候』を観て、充実していた。強烈な映画だったから観てるだけで疲れてしまったのか。。

 

起きたら12時で、まだ起きあがれなくて13時までベッドにいた。ふつうの人なら起きて食べるご飯がブランチなんだろうけど、いつものトーストとコーヒーの朝ごはんの後、お昼ご飯にパスタを作って食べた。もう16時過ぎていた。飛ぶように過ぎる時間。

 

お洋服とかお布団とかシーツとかの洗濯が終わっていて本当によかった。掃除になかなか取りかかれなくてceroの「POLY LIFE MUSIC SOUL」をかけても椎名林檎の「アダムとイヴの林檎」をかけても「君の名前で僕を呼んで」のサウンドトラックをかけても聴き入ってしまって動けない。

 

眠いとか、動きたくないとか、そういう体が欲するものには従ったほうがいいって昔お医者さんに言われたことがあることを思い出し、腰を据えてじっとしていた。スマホの画面ばかり見てしまう。

 

限界に挑戦する日にすることにした。必要最低限(以下)のことだけ済ませて、お腹は空くから洗顔と歯磨きをして買い物にでかけた。もう20時くらい。

 

外がものすごく気持ちよかった。暑すぎず、風があって心地いいレベルの生暖かさだった。Tシャツにマキシスカートでちょうどよくて、見た目も大事だけど、お洋服選びで最高なのは天候と服装が完璧にマッチしたときだな、と改めて思った。

 

近くの小さいスーパーに行くことにして、店頭に並んだ桃を見てテンションが上がった。今年まだ桃モッツァレラを食べていない。冷蔵庫に白ワインビネガーがあるはず。久しぶりにモッツァレラチーズを買おう。ズッキーニが安い。この前まで148円くらいだったのに最近は98円。ミョウガや大葉も必要。キャベツもー、って見回っているうちにとても元気になっていた。レジの近くに堅あげポテトの四連ミニパックが売っていたのも嬉しかった。最近このスーパーはPBばかりになってしまっていたから。

 

お会計を済ませて外に出る。やはり風が気持ちよかった。食べたいものが決まると気力が湧いてくる。軽い足取りで家に帰った。

 

モッツァレラチーズは手でちぎる。今日見たレシピには桃の簡単な剥き方も載っていて得した気分になった。角切りにした桃もお皿に並べ、ちゃんと計量したオリーブオイルと白ワインビネガーとレモン汁をかけて、軽く混ぜて出来上がった。

 

去年食べたのより少し酸っぱかったけどとても美味しかった。食べたらますます元気になって、洗面所とキッチンのシンクを磨いたり、積まれていたDMをどんどん開封して処理したり、家事が少しずつ進んだ。もう22時頃になっていたけど。

 

動きたくて動けなかった午後の時間に無理やり動かなくてよかったと思う。寝っ転がってスマホでよく行くマッサージのお店を検索して、思い切って行ってみたら一気に元気になるかな、とかも思ったけど、じっとしてると体力が回復して、自然と動き出せるものみたい。

 

梅雨明けが早いということは夏が長いということみたいで、まだ始まったばかりの今日がこれだけぐったりだったんだから、しばらくは体力を温存する方向で過ごさなきゃと思う。ミニパックで試してみてとてもよかったクナイプの優しい感じの入浴剤とか、すっとする化粧水とか、水出しで美味しく抽出される麦茶パックとか、そういう夏のお供みたいな商品を早め早めに手に入れて備える。暑いのに毎日仕事に行くだけでえらい、休日は何もしなくて大丈夫、くらいのスタンスで夏を乗り切ろうと思います。『パンク侍』で一番印象に残ったのは北川景子の美しさと染谷将太の怪演で、お目当てだった綾野剛から少し目移りしてしまった。

感性とその背景にある理論も重視

仕事が相変わらず忙しく余裕がなくて、そんな中ぜんぜん違う世界に浸ってみたくて行ったイベントが素敵だったので、頭の中がまとまっていなくてうまく書けないと思うけど忘れたくないので書いてみます。

 

原雅明さん(音楽ジャーナリスト)と荒内佑さん(cero)がジャズについてお話しするイベントのことを、ツイッターで知った。そもそもceroのことも最近まで名前しか知らなかったくらいで、フォローしている映画や音楽のセンスのいい方が絶賛していたので新しいアルバムをダウンロードして聞き始めたくらいのタイミングだった。ジャズもceroもよく知らなくてハードルが高いけど、なんとなく気になって申し込んだのが1ヶ月前くらい。

 

登壇したお二人の姿を見て素敵な感じだったので安心したけど、開始早々頭を抱えたくなった。登場する単語が一つもわからない。荒内さんがホワイトボードを使って丁寧に説明してくださるリズムの話も、例としてかけられた曲を聞いてもピンとこない。

 

私のジャズ知識はとても浅くて、iTunesの中にジャズの曲は入っていても、ほとんどが映画のサントラだったり、友達に好きな曲だったり、情熱大陸で知ってハマった上原ひろみだったりという感じで、演奏者や作曲者の名前もほとんど知らないし知識がまるでない。

 

それでも、トークが進むうちに、背景や構造を知ってから曲を聞く楽しさがわかってきた。なんというか、一曲をしっかり、鮮明に聞けるようになる気がした。いつもいかにぼうっと聞いているのか。。

 

家で聞いたことがあるceroの曲も、リズムなどを説明されてから聞くことができた。奥深さが感じられて新鮮だった。ちょっと時代のせいにしちゃうと、CDを買わずにダウンロードするようになってから歌詞を味わわなくなったと思っていたけど(歌詞カードを見ないから)、曲の説明も読む機会がなくなっていたと気づく。昔はもう少し一曲一曲を大切に聞いていた気がする。

 

でもそんなことは多分言い訳で、今はネットで何でも調べられるし、インタビュー記事も評論記事もあるし、知ろうと思えばいくらでも知ることができるはずで、そういう調べようという姿勢をなくしてしまったのは自分の問題だと思い直す。実際、イベントでかかった曲や映像をまとめたものが既に公開されている。本当にありがたい。

 

トークの中で荒内さんが、「こういう、(板書しているような)リズムの構造とかの話を好きじゃない人もいると思う。音楽はもっと感覚的に楽しめばいいという人も。でもサッカーを見るのと一緒で、ルールを知っているともっと楽しめるという面もあると思う」というようなことをおっしゃっていて、すごく目から鱗だった。

 

振り返ると私は感覚ばかり重視してきた。映画でも本でも音楽でも、広げるとコーヒーやお花や食べ物とか、見て読んで聞いて食べて素敵!美味しい!と感じる感覚だけが正しくて、背景や知識は邪魔になるとすら思っていた節がある。それでいて自分のセンスに自信があるわけでもなく、時々急に知識を取り入れなければ!という謎の焦燥感にかられることがあった。

 

多分感覚なんて絶対じゃない。もっと柔軟に、いいな、好きだな、と思ったものについて知ろうとする気持ちを尊重しようと思う。そして逆もあるのかも。今まで興味が持てなかったけどルールを知ると楽しくなるようなパターン。いずれサッカーや野球も見られるようになるのかも。

 

背景にある理論を知ることはきっと感性の邪魔なんかしないし、むしろ豊かにしてくれる。私の中でこんな大きなパラダイムシフトが起こったのでこれからが楽しみです。

5月はいつも一瞬

仕事の山場を過ぎてくたくたで、でも気分が高揚していて〜みたいなブログを去年書いたんだけど今年も全く同じことを書こうとしていた。今年はオレンジクリームタルトを食べました。

 

連休に何をしていたか、少し考えないと思い出せないくらい怒涛の日々だった。体調もどんどん悪くなるし、どうなることかと心配したけどなんとか乗り切れてよかった。

 

忙しいといろいろなことが滞ってしまう。先週末は積み上げられた新聞をなんとかしようと思い立った。夕刊の山田詠美さんの連載:『つみびと』だけ読んで処分することにした。新聞をちゃんと読めない問題はいつ解決するんだろう。

 

多分今月は一回もNetflixにアクセスしていない。これだから月額ものは困る。クイア・アイに続いてデイヴィッド・レターマンショウっていう見たいものを発見したのに全然見られていない。画面の向こうに膨大なプログラムが控えていると思うとプレッシャーで、大きなサイズに買い換えてしまったテレビまでもうらめしくなってくる。預金残高が日に日にピンチで、賞与のことばかり考えてしまうストレスもあるんだけど。

 

フィル・ナイトの本も半分しか読めていない。ジャケ買いした「私、定時で帰ります」も序章しか読めていない。っていうか私も定時に帰りたい。。「この世にたやすい仕事はない」っていうタイトルに日々うなずく。これもまだ1ページも読めていない。

 

滞ってしまうと言いつつ何か生産的な他のことをできているかというと全然で、一日のうちの膨大な時間が化石のようにソファに沈みこむことに費やされている。そのまま寝てしまったり起きたりお風呂に入ったり。朝までが本当に短い。

 

沈み込みながらしていることはインスタとツイッターで、延々と写真と文字を眺めてしまう。メットガラ、ロイヤルウェディングカンヌ映画祭ベッカム来日などなど日々起こるあれこれを見逃さないように画面ばかり見ている。時々眼がつぶれてしまいそうだと思うんだけど今のところ大丈夫。

 

見たいドラマもあったと思うんだけど集中力が続かなくて一話も見ていない。いっぱいいっぱいな時にできることって限られていて、あ、今思いついたんだけど、インスタとツイッターは好きな人とかものしかフォローしないから、見たくないものを見なくて済むからなのかもしれない。テレビは最初つけていてすぐ消すことがそういえば多い。

 

LINEを返すのにものすごい気力が必要な日もあった。でも不思議とご飯は作って食べられた。なんなんだろう。今できていることが本当に好きなことっていうことなのか。突き詰めずに週末はゆっくり休んで体力気力を回復させ、元通りの生活を送れるようになろうと思います。あまりのぐったりぶりに自分が5月病かな?って心配になったからどんな感じだったか記録しました。

ミューズ願望とヒーロー願望

遅ればせながらクリント・イーストウッド監督の『15時17分、パリ行き』を観た。

 

私は常日頃から電車に乗っている時とか、ここでテロ的なことが起こったら目の前にいるこどものことをちゃんと助けられるかな、みたいなことを考えてしまう。実際に起こったテロ事件を、実際に遭遇した人たちをキャストにして〜という作品説明を読んだだけでとても興味を惹かれた。現場での乗客の機転の数々を見られる映画なのかと思って。

 

始まってすぐにそういう映画じゃないとわかった。丹念に描かれるのは後に表彰されることになる3人の子供時代、青年時代。友情や思想。パリ行きの電車に乗るまでに起こったこと。後に起こることがわかっているから、なんでもない楽しいシーンで泣きそうになったり、テロのシーンに震え上がったり、3人がまた笑っているシーンでほっとして涙がでたり、エンドロールの頃には嗚咽が止まらなくなっていた。

 

私は3人のように勇敢に立ち向かえないかもしれないだろうし、非力だし、それでも、スピーチにあったようになんらかの行動は取らなければいけないな、と思ったしそれを実行した3人とその他の乗客に心から感動した。

 

とっさの時に正しい行動で周りの人を助けられる人になりたいのがヒーロー願望だとすると、昔の私はミューズ願望が強いタイプだった。才能のある誰かに見出されて成功したい。今思えばとても危険な願望だし、この場合の”成功”って一体なに?と昔の自分を問いただしたい。

 

当時の私が崇拝していたのはリリー・フランキーさんで、エッセイはほぼ全部読んだと思うし、東京タワーも心して読んだし音楽も聞いたし、好きなタイプの映画はもちろん、怖い映画も頑張ってみた。リリーさんがよいとする女性像を目指しそうとしたけど、どうやら根本的に不可能だと途中でわかった。『女子の生きざま』は長い間私のバイブルだったけど、私自身はカリカリ梅も食べられない。

 

一度だけ、渋谷の街でリリーさんにとてもよく似た人を見かけたことがある。交差点ですれ違うとき、このオーラ、このおしゃれさ、この方はリリーさんに違いない!と思ったんだけど恐れ多すぎて話しかけることができなかった。それまでもニアミスはあって、たまにいくカフェで「昨日リリーさん来てたよ!」と教えてもらったりしていたけど実際にお会いしたことはなかった。

 

あの頃の私はリリーさん(を筆頭とする才能のある人)に、「君面白いね!」と言ってもらったら死んでもいいくらいのテンションで生きていた。何かを表現したいとか、具体的に何かを作るとか、そういうのもないままに生身の自分に価値があると認めて欲しかったんだと思う。本谷有希子さんの『ほんたにちゃん』を読んだときに心臓が止まりそうになったんだけど、今思えばその辺の心境があまりにも赤裸々に書かれていたから。

 

端的にいうと承認欲求とか、自分に自信がないから側にいる人の地位の高さで自分の地位も上がったと勘違いしたがっていたとか、そういう類のよくあることみたいで自分にとてもがっかりする。それでもこの感情を認められただけ少しは成長できているんだろうけど。

 

有名写真家のミューズだった方の告白を読んでいて、胸が痛くなったと同時に怖くなった。昔の私が有名写真家に「君を撮らせて」なんて言われたら喜んで引き受けただろうし、扱いのひどさなんて全く気にせずその関係にのめり込んでいったんじゃないか。私は自分が気に入らない相手には自身の権利をしっかり主張できるのに、好きな相手、ましてや崇拝している相手に対してはその辺を曖昧にする癖がある。

 

幸か不幸か私にミューズになってほしいと言ってくる才能のある方はいなかったし、だから地道に働くしかなかったので会社員を続けているし、そもそも年齢を重ねるとミューズ願望みたいなあやふやなものに身を任せることのリスクを取りたくなくなる。結果として関心は衣食住の充実だったり、健全な人間関係だったり、地に足のついたものに変わった。

 

ミューズ願望の危うさに気づかせてくれる点で、彼女の告発はとても意義のあることだったと思う。その写真家に対する告発という面ももちろんあるけど、若い女性が陥りがちなトラップの構造としてとても勉強になった。彼女が辛い境遇からきちんと脱出して、乗り越えて、今自分の力で立派に生きている様子はとても勇気づけられる。最近心を揺さぶられた二つのストーリーに関する感想でした。

殺し文句は「Editor's Pick」

もう数日にやにやが止まらない。。

プラダのプラットフォームサンダルを買いました。

 

靴が大好きになってから長いのに、プラダの靴はいつもスルーしていた。仲の良かった先輩にプラダ信者がいて、とても履きやすいから毎シーズン買って、ワンシーズンで履き潰す勢いで履くと言っていたり、進藤やすこさんの本でも褒められていたり、いい靴なんだろうな、とは思っていたし店頭でもちょくちょく見ていたんだけどこれ、というものに出会わずにきた。それなのに。

 

振り返るとこの前見かけた雑誌記事(webで見たやつ)を読んでからの一目惚れだと思う。長時間履いても疲れない靴特集の冒頭で、プラダのプラットフォームサンダルが紹介されていた。最初にみた時はそれほどいいと思わなかったのに、文章を読んでいたらどんどん興味が湧いてきた。8.5cmヒールだけど、前の部分に厚みがあるから高低差を感じずに履ける。いつまでも歩ける。本店で色違いを買ってしまったとかとかそういう。11.5cmヒールバージョンもあるけど歩きやすさを考えて8.5cmヒールがおすすめ、とも書いてあった。

 

すぐにネットで検索し始めた。公式ホームページに出ていたのは少し違うデザインだったので、紹介されていたそのもののデザインを探した。文章検索と画像検索と公式とバイマなどなどを駆使して探し出した。途中、タキマキさんも愛用という情報も仕入れてしまった。

 

頭の中が熱に浮かされたようにプラダのプラットフォームサンダル一色になってしまったけど、勢いで買うにはお値段がすごいので一旦冷静になることにした。靴は履き心地が命だし、ネットで買うのはリスクだし。

 

週末、友達との待ち合わせ前に、デパートのプラダのお店に行ってみた。店頭には公式サイトに載っていた、少し違うデザインのサンダルが並んでいる。店員さんに雑誌のサイトで見かけて興味があったこと、試着をしてもいいかを尋ね、快く私のサイズを出してもらい、履いてみた。

 

一瞬で視界が開ける気がした。8.5cmヒールの高揚感はとても強い。ふかふかのプラットフォームシューズだから、浮遊感すらあった。ふかふかの絨毯を歩いて、店頭の硬い床の上も歩いて、鏡を見てみた。深い黒色のサンダルを履いた足の肌の色がとてもきれいに見えた。

 

黒とピンクと水色があるんです、と教えてもらう。ピンクも似合いそうなので履いてみますか、と聞かれてそうします、と答えた。ピンクも肌馴染みがよくかわいいなと思ったけど、店員さんのおすすめは肌色が映える方の黒の方だった。私も黒がシックに見えていいな、と思った。

 

一度はお店を後にした。衝動買いはよくないと思ったし、大抵の買い物は店を離れると忘れてしまうから、この出会いがどっちなのかを見極めたかった。

 

友達とランチをして、近況を報告し合って、ここのところ自分にとっていろいろなことが起きたことを再認識した。ニコール・キッドマントム・クルーズと離婚したとき、もうハイヒールが履けると言ったという噂があったけど、それに近い心境なのかもしれないと思った。

 

友達と別れて、まっすぐにデパートに戻った。もう一度黒を履いて、何度みてもかわいくて履きやすくて、靴を買うのは賭けだけど挑戦することにした初めてのプラダ。自分のサイズが無くなってしまったら悲しくて悔やみきれないと思った。

 

よかったら周りの方に広めてくださいね。とても親切で適切なアドバイスをたくさんくれた店員さんが最後にそう言ったので律儀にブログに書くことにした。トム・クルーズニコール・キッドマン、Editor's Pickの記事、思い返せば私は就職活動のときに編集者になりたくて、そういう諸々があの記事に吸い寄せられたきっかけで、背景のたくさんある買い物ができてよかった。早くもっと暑い季節になってほしい。そうしたらあのときお店で体験した視野の高さを存分に味わえるな、と思ってわくわくが止まらなくて。

大きな画面で滝藤賢一

春の新調祭りの極め付け、テレビを買い換えた。

 

今までのテレビは10年前に買った20型で、うちに来た人はみんなその小型っぷりにびびっていたんだけど、なんとなく特に困らないし、と思って放置してきた。

 

Netflixに入って映画を観られるようになったけど、多部未華子が恋する相手の綾野剛の表情がよく見えなくて画面に近づいて椅子を置いて観ていたりして、もう限界だと思い立った。

 

いざビックカメラにいくと、私が買い換え予定だった32型が小さく見えるほど大きなテレビがたくさん並んでいて、10年に一回しか買わないならもっと大きいのでもいいのかな、と思ったけどうちはビックカメラの店頭ほど広くない、これはIKEAマジックと一緒だと言い聞かせて32型にして正解だった。

 

配達の方はとても親切で、全ての設定をしてくれた。今どきのテレビには2つのHDMI差し込み口があるからブルーレイもアップルTVもさくさく接続できた。

 

ザッピングをしていたらNHKのスタジオパーク滝藤賢一がでていた。ものすごくかっこよくてさっきから見入っている。もともと格好いいな、とは思っていたけど、大きな画面で見るとよりいっそう格好いい。こんな画面で綾野剛とか堺雅人とかを見ていたら本気で好きになりかねない。

 

そこそこドラマとかを観るほうだったんだけど、これまでの視聴体験はなんだったんだろうと思う。長い間家電を買い換えることに抵抗があって、付き合う人とかの影響で少しずつ少しずつ、新しいものはいいという価値観を学んできた。ドライアーは火をふくまで使っていたけどマイナスイオンのサラサラになるやつに買い換えるようになったし、独身男性が使いそうな小さい冷蔵庫を大きめサイズに買い換えたし、シートを使うタイプの布団乾燥機をシートが要らないタイプのものに買い換えた。結果として、毎日がとても快適になった。

 

お洋服もそうだけど、この先ずっと使えるものがえらいという考え方が強かったと思う。最近ようやく、今の自分に必要なものに囲まれることの大切さがわかってきた。自分は変わっていくものだし、必要なものも変わるし、家電は年々進化するし、柔軟に取り入れていくのがえらいのかもしれない。残るうちのヴィンテージ家電は洗濯機で、去年使用期限が切れている。東芝の縦型の洗濯機能のみの洗濯機。とても使いやすいのでまた同じものがいいような、乾燥機能付きでもいいような。

 

今の洗濯機を買うときにAmazonのレビューを熟読した。参考になったのは運動部の学生の投稿で、大量の衣類を洗って汚れが落ちやすいのがこれ、という意見が多かったのでそれにした。私は毎日洗濯をしないので、まとめ洗いが重要だった。本当は毎日洗濯派になりたいな、とはいつも思っていて、洗濯機買い換えがそのきっかけになればいいとも思う。賞与が支給される頃まで、選び方を勉強して過ごす予定。