kate100s’s diary

百野毛糸の日記です。

今年ハマったもの

気づいたら11月も後半だし、歯は痛いし、痛い痛い言ってるうちに一年が終わってしまう。歯が痛いのは虫歯じゃなく、食いしばりが原因と言われました。意識のあるときは歯を合わせないことだけを考えて過ごしていて疲れてしまった。

 

今年は歯以外にも入院したり手術したりあちこち痛かったりあげくにいち早くインフルエンザにかかってみたり、寝こんでばかりいた気がする。この前ふと振り返ってみたら、仕事とプライベートの宴会の類のキャンセル率も半端ないっていうかほとんど不参加だった。黙々と家でご飯を作っていたし今もバナナケーキを焼いてる。

 

基本寝こんでるから人との約束はほぼキャンセルしてしまうんだけど、突発的に元気な日はよく映画を観にいった。洋画も邦画も当たりが多かった気がする。基本的に映画は映画館でしか観ないんだけど、寝込んでるときに読みやすかった星野源の『働く男』で紹介されていたのでレンタルした『50/50』もよかった。

 

今年はなんといっても「運命」「運命」ってお洋服ばかり買っていた。気づいたんだけど、医療費の負担が増えれば増えるほど、医療費ばっかり使ってるのは嫌!!と思うのかお洋服を買うモチベーションがうなぎのぼりになる。こんな辛い目にあってるんだから自分へのご褒美、的なパターンが多すぎてほんとこわい。まあでも、だいたい毎日どこか痛くて、床に足をつくだけで剣山を歩いてるみたいな感覚の中毎日会社に行ってるんだから、お洋服くらいテンションあがるやつを着ていたいし実際精神衛生上はよかった気もする。

 

ある本を読んで、紹介されていたお店に初めて行ったのが10月で、ブラウスを買って、タイトスカートを買って、ジャケットを買って、次に行ってコートを予約して、パンツを買って、コートを取りにいった日にニットも買った。複数のニットで迷っていたら、店員さんに「最近お買い物が続いてますので、厳選されたほうが〜」と諭されてしまった。

 

文字にするとちょっと異様な買いっぷりで反省している。お店には同世代くらいのお客さんがいて、私と同じくらいいろいろと試着して、「楽しかったぁ⭐️」といって何も買わずに帰って行った。あれが普通なのかも。。

 

ハマると同じ店でどんどん買ってしまうのは前からなんだけど、今回はこのお店のスタイルに魅了されている感があって、なんていうかとてもエレガントなので、今後はこういう感じでいきたいな、っていう芯になる気がしている。30代になってからずっとファッションの方向性が定まらなくて、似合う服万人受けする服を選ばなきゃいけない強迫観念から、服を買いなさいっていう本とか捨てなさいっていう本とかいろいろいろいろ読んできたけど、回りまわってたどり着いたのはお洋服そのものを見て着てみて、プロの意見を聞いて自分に似合うものを選んでいくっていう地道なやり方。まるで病院(お医者さん)との付き合い方みたい。信頼できる人を決めたらあとはアドバイスを聞いてみる感じ。膨大な候補の中から自分のセンスに頼って一握りの似合う服を探しあてるより、最短の努力で素敵になれればそれが一番だし。

 

コートを早めに買うとこれからくる季節が楽しみになる。ニット合わせ、ストール合わせ、パンツ合わせスカート合わせ、いろんなコーディネートで出かけるのがとても楽しみ。12月の忘年会には一つくらいは参加できますように。来年は健康でいられますようにって今年をもうあきらめかけてます。

元気そうもなにもなくインフルエンザ

今年は本当になんなんだろう。過去のブログタイトルを読み返しても病気と体調の話ばかりじゃないか、、、。

 

インフルエンザA型にかかりました。

 

振り返って唯一よかったのは、熱がで始めた当日の対応。会社に行けなくもない微熱だったんだけど、なんかだるさがいつもと違う気がして念のため会社を休んだ。自宅で電話で業務対応とかあったけどじきに朦朧としてきて、体温も37.5℃、38℃、 38.5℃、ってぐんぐん上がってきたのでああこれはおかしいな、と思って19時すぎに病院の夜間受付に行った。欲をいえば日中の外来にかかっておくべきだった。

 

待ち時間はそんなになかったんだけど、担当した救急のお医者さんが微妙だった。症状的にインフルエンザだと思うけど(この時点で熱は39℃)、今インフルエンザの検査をしたら陰性だったから薬は出せない、朝またきて検査してほしい。具合が悪くなったら夜中でもまたきてください、って。

 

具合が悪くなったからきたのに具合が悪くなったらまたきてください!?!?!?

 

ってなったけどもうこの頃には身体中痛いし寒いし一刻も早く横になりたかったからはいわかりました、解熱剤は出してもらえないでしょうか本当につらいです、と言ってみたけど、解熱剤を飲むとインフルエンザの検査が陽性になりにくいよ?とよくわからないことを言われ(後日主治医の先生にこれは全否定されていた)、結局要は何も対応してもらえずに帰ってきた。3000円以上支払って。

 

家に帰って震えながら横になり、眠ることもできずに寝返りばかりうっていた。途中夜中に熱を測ったら39.5℃とかになっていてますますくらくらした。

 

朝になって、まだ熱は39℃あった。いつもの主治医の先生に電話をまわしてもらい、症状を伝えると今から診ましょうか、と言ってもらえた。診察してもらって検査をしたら当然のように陽性反応がでて、あっさりリレンザを処方してもらえた。この時点でもう治ったような気になった。解熱剤も一緒でほっとした。「救急にはなるべくかからないようにね」と言われた。

 

何も食べたくなかったので、帰り道に薬局でOS1を4本買って帰った。会社にインフルエンザだったことを連絡し、すみませんが5日間休みますと伝える。今とても忙しいときなのに快くお休みをいただけた。インフルエンザだから下手に出社しても迷惑だろうし、おとなしくしていることにする。

 

三日間は本当に寝たきりだった。寝ても1時間おきに目がさめるし、身体中が痛いし、頭が痛いし、少し食べると気持ちが悪くなって吐いてしまった。私が元気な頃はとにかく雨ばかり降っていたのに、インフルエンザを発症したころから天気がとてもよさそうで、お出かけも洗濯もしたいのにな、と残念だった。

 

プリン半分、とかから始めてうどんが1人前食べられるようになるまでに4日かかった。ようやく洗濯をする気力もでてきた。筋腫の手術のときも書いてたけど、パジャマが厚みのグラデーションで5着あるのは素晴らしいことだと思った。アマゾンでOS1 12本入りを注文した。24本入りは賞味期限が気になったので12本入りにしたんだけど、箱入りじゃなくてテーピングされたような包装で届いたので保管がちょっと面倒だった。

 

激しい咳がふつうの咳になって、鼻水が急に出るようになって、お腹をこわす頻度が少しずつ減って、ようやく回復に向かいつつある。今年は本当に病気をしては回復しての繰り返しで、なんかついてないのかな、とも思うけど、何度病気になってもちゃんと回復するっていうのは奇跡のようなことかもしれなくて、神社とかに行ったらむしろちゃんとお礼を言わなきゃいけないのかもしれない。初日に休んだおかげで職場でパンデミックを起こさずにすんだし。3日間ほとんど食べられなくてダイエット効果もあったし。あまりはりきらずに出社日を迎えようと思います。

元気そうだねって言われる

急に寒くなったせいで、じきに落ち着くって思いたいけど体調がすこぶる悪い。寝返りも打てないほど、歩けないほどの痛みがおこって1日安静にしていたり。

 

1日安静に、って、1日もあったらいろんなことができそうなのに何もできなくてつらい。そっとそっと体勢を整えながら寝ていることしかできない。本ぐらい読めそうなんだけどなんとなく集中できない。パッと見で読みたい本はどんどん出てくるから、積ん読ばかり増えている。川上未映子さん編集の早稲田文学女性号も、わざわざ発売前から注文して届いているのに、重くて持ち上げられない。困った。

 

ふと思ったんだけど、私のように体調によってものが持てなくなったりする人に、音声読み上げみたいな機能は有効なのかな。といいつつ、私は常に目で活字を追っていたいタイプの活字中毒者なので耳からストーリーが入ってくるかどうかちょっとわからない。人の長い話を聞くのもちょっと苦手だしな。。

 

そんな感じなんだけど実生活では「元気そうだね」ってよく言われていて、つくづく見た目に出ない病気なんだなと思う。それがいいかどうかの判断は難しい。強いて言えば電車に乗るのもやっとだった頃に優先席に座りづらかったとかそういう不便はあったけど、総合的にみると見た目くらいは平気に見えているほうがいい気もする。本当に全身の関節がだめだった頃は、座ったが最後立ち上がるのが大変だったからかえって立っているほうがマシだったし、病名がわかると宗教とか健康食品とかを露骨にすすめてくる知人みたいな人がわらわらと出てきて面倒くさかったし。同情されることのメリットがあんまりわからない。

 

体調が悪い上にちょっと気がかりなことがいろいろ起きていて、横になっていてもあまり気が休まらないので隙をみてまた映画を観にいってみた。いつも観ているような高尚(?)なやつじゃなく、あんまり考えずにみられるようなタイプの。

 

『ミックス』を観たんだけど、すごくよかった。ガッキーかわいい。瑛太かっこいい。広末涼子ー!蒼井優ーーー!!!って見所がいっぱいで、ストーリーもよくて、最初はノリについていけるかな?と思っていたけど途中からちょっと泣きそうだった。後半の広末涼子のパートといったら!こういう、サプリメント的に映画を観るのは本質的じゃないとか普段は思いがちだけど、弱ってるときはとても有効だと思った。映画の力ってすごい。

 

映画といえば、普段海外に住んでる友達が帰国してて、何か日本的なことがしたいというのでずっと気になりつつ観ずにいた『ハイ&ロー ザムービー』の映画を観に行かない?と言ってみたら快く付き合ってくれたのでデビューしてきた。前後情報も何も知らずに観たから感想とかうまくいえないけどこちらも楽しめた。はまる人が多いのもよくわかって、でも関連コンテンツが多すぎてコンプリートはできなさそう。

 

他には『ダンケルク』とか。観終わったあと、逃げ疲れたね、と言いながらご飯を食べたりした。秋は体調が悪いな、ぱっとしないな、って思いながら横になってる時間が長かったんだけど、こうやって振り返るといろいろな体験をしていたり、インスタで見かけた激安なコートを衝動買いしてみたら軽くてあったかくて外出がこわくなくなったり、初めて栗のペーストを注文したから届くのが楽しみだったり、いいこともちゃんとあるから元気そうっていうのは案外その通りだったりするのかも。

『パターソン』を観たあとは世の中が素敵に見えて

ちょうど夕方くらいに終わる時間帯で観たからなんだけど、地下鉄の出口を上がって地上に出たら心臓がキュっとなるような綺麗な空の色にびっくりした。マジックアワー?夕焼け?言葉はいろいろあるけどどれでも表現できないような色合いで、こういうときにパターソンはノートを広げて詩を書くのかな、と思った。

 

もっともっと見ていたくて、数年ぶりに屋上にのぼり、夢中で写真を撮った。空の写真を撮るのはどのくらいぶりだろう。明らかに映画の効果。

 

この気持ちの満たされ感はなんなんだろう、と思いながら今日の買い物(茅野屋のだしとか)を片付けて、水切りかごに置いてあったルクルーゼを片付けて、と思った瞬間から事態は急変。

 

ルクルーゼは重くて、そんなことはもう何年も使っていて100も承知なんだけど、何を思ったか片手で蓋と本体を持ち上げてしまった。転がる蓋、かろうじてキャッチできたのは本体だけで、蓋は床にどんと落ちた。

 

キッチンの電気をつけるのが面倒でいつもつけていなくて、薄暗いような中で料理をしているんだけど、この時は焦って電気を点けなきゃ!床の様子を見なきゃ!!って片足で踏ん張ってスイッチを押そうとしたら変な角度で爪で押してしまったようで右手中指の、先週ネイリストさんが丁寧にチップオーバーレイを付けてくれた、ジェルネイルが吹っ飛んだ。

 

え、爪はがれた?って怖くてちょっと見られなかったんだけどおそるおそる目を開けたらチップオーバーレイの付けた部分がきれいになくなっていて、爪本体は無事だった。不幸中の幸い。

 

と思いきや床をチェックしなきゃ、ってまじまじと見たら床には白っぽい傷がしっかりとついていた。意味もなく布巾で拭いた。消えなかった。

 

なんかお腹が空いた、と急に思ってお姉ちゃんから前にもらって放置していたお菓子を食べた。水を飲むのも忘れて食べていたらむせてしまった。この時に自分が続けざまの出来事に動揺していると気づいた。

 

床に傷がついたのも、ケアしたてのネイルがとれてしまったのも、もっというと昨日セラミックの歯がとれてしまったことも、一つ一つがかなりショックなことだった。それでも何かが起こるたびにさっさと、とにかく最速のスピードで対処しなきゃと思いそうしてきた。多分それでは気持ちが置いていかれてしまう。

 

心のケアっていう言葉はそれほど好きじゃないけど、じっと座って元気が出るのを待つ、みたいなことがとても苦手な私は意識的に取り組まなきゃいけないんだと思う。『パターソン』は素敵な映画で、そんな映画を観られた1日は最高なはず!!とか言い聞かせないで、いいこともあったけど散々なこともあったな、的なフェアな現実認識を積み重ねることで、日常が奇跡、みたいな心境にたどり着けるのかもしれない。いいときはもちろん、元気がなかったり、美しいものをそう思えなくなった時とかにも繰り返し観たい映画でした。

世の中の進化とおいしいアボカドに出会う確率について

好きな食べ物は?と聞かれたら、迷わず「アボカドです!」と答えている。ある時期から、飲み会とかでそう答えると「あぁ、アボカドね。女子が好きなあれね(嘲笑)」みたいな反応をされることが多くなって、それでも負けずに言い続けている。

 

アボカドの最初の記憶は、近所のスーパーで200円で売っているアボカドを、母親が悩みながら買っていた姿。「200円するけど、みんなで食べられるし買っちゃおうか」みたいな会話をいつもした。

 

半分に切って、種があった部分の窪みにお醤油を注いで食べるシンプルな食べ方をしていた。4人家族だから、1個のアボカドを4人で分けることになり、半分にしたアボカドをお姉ちゃんと分け合って食べた。いつか一人で半分、なんなら全部食べてみたいな、と思いながら。

 

アボカドの食べごろ判定は難しく、まず色を見て、押してちょっと柔らかいかな、くらいがよいと教わった。それでも切ってみるとガシガシしていたり、種がうまくとれなかったり、外れのものに出会う確率は高かった。だからこそ、たまに出会う完璧に食べごろのアボカドを食べる時は幸せな気持ちでいっぱいになった。

 

卒業旅行はメキシコに行くことにした。スーパーで売っているアボカドはいつもfrom Mexicoと書いてあったから、私にとってメキシコはアボカドの名産地で、本場のアボカドはどんなに美味しいんだろう、そしてスーパーには食べごろのものが安くて大量に並んでいる日がいない、と期待に胸を膨らませた。

 

実際、メキシコのスーパーは入り口近くにアボカドが山積みされていて、しかも日本のように青いものだらけではなく、すぐに食べられる完熟具合のものばかりだった。天国にきたかと思った。でも私たちは重大な失敗を犯してしまった。お醤油を持ち込むのを忘れてしまっていた。

 

スーパーでアボカドを買い込んで安宿に戻り、アボカド、塩とレモン、アボカド、オリーブオイル、アボカド、マヨネーズ、ライムなどなどいろいろな組み合わせを試したけど、やっぱりいつものようにお醤油を合わせたらどんなに美味しいだろう、と思わずにはいられなかった。お店で食べるワカモレソースは最高に美味しかったけど。

 

社会人になり、一人暮らしを始めたとき、アボカドを一人でたくさん食べられることが嬉しかった。よくいう、メロンを一人でいっぱい食べたいとか、ホールケーキを、とか、そういうのが私の場合アボカドだった。

 

この頃になっても、食べごろのアボカドを見つけるのは難しかった。値段がだいぶ下がっていた時期もあって、120円で買えたりするんだけど、まだ青かったり小さかったりするものばかりで、切ってみるとまだ早かったり、真っ黒だったりした。

 

その後、八百屋さんで買えばいいということを知った。母親に教えられた「押してみてちょっとへこむもの」という見分け方は実はマナー違反で、当たり前だけどみんなが押すからそこが黒くなってしまうわけで、八百屋さんの野菜を勝手に手に取る人はいないから傷んでいるものが少ない。それに八百屋さんは目利き力があるから「いつ食べる?」と確認してから食べごろのものを選んで渡してくれる。数十円高くても外れがない分八百屋さんのアボカドの方が確実。フルーツ屋さんだと尚。

 

最近のアボカドは二極化してきた。異様に安くて100円を切るような値段で小さくて青いものと、150円-高いものではデパートや高級スーパーで300円くらいする「大きなアボカド」。小さいアボカドは散々失敗させられてきたので、大きな方を買うんだけど、スーパーのものはほとんどが押されて傷んでいるものが多く、どうしてもちょうどよいものに出会えない。冷蔵庫に常にアボカドが入っている生活がしたいのに、なかなか実現しない。

 

こんなに長々と書いているのは、つい先日もスーパーであれこれ深読みして選んだ珠玉の一個だったはずのアボカドが完熟を通り越していて指の跡もたくさんあって悲しい気持ちになったからで、もうこんな思いをしないためにはふつうのスーパーでアボカドを買うのはあきらめ、敷居高めで迂闊に手を触れる人がいないようなお店で買うしかないのかな。松屋の300円のアボカドとか、王子サーモンでなぜか売っていた大玉アボカドとかは極上のおいしさだったし。

 

世の中が進化して、果物の食べごろは確か機械(糖度計?)とかでわかるようになったと聞くけど、おいしいアボカドに出会える確率は私が子供の頃からそんなに変わってない気がする。収穫の時期と完熟に向かう時期、未だ流通する「押してみて」という習慣、そんな要素が絡まってなかなか改善しない。桃には「桃はデリケートなフルーツです。お手を触れないでください」というPOPがついていたりするんだからアボカドにもそういう表示をしてほしい。なんだかお客様の声みたいな投稿になってしまいました。

ルミネカード10%オフはお祭り

毎回踊らされて、ふと冷静になってみると本当に得だったのかな?買い物の量が増えただけなんじゃないかな?疲れて友達とお茶したお金でプラスマイナスゼロなのでは??っていうような疑問がぐるぐるするイベント、ルミネカード10%オフ期間がやってきた。

 

毎回戦略をたてて実行して後で反省をするんだけど、今回はとてもうまくやれたんじゃないかと思う。

 

棚ぼたというか、次のファンデーションの候補としてアディクションがあったので店舗を検索したらルミネの上の@Cosmeストアにあることが分かって、普段行かないフロアに行ってみたらクレドポーボーテのカウンターを見つけた。クレドポーボーテといえば以前も書いた話題のファンデーション:ル・フォンドゥタンが発売されて1ヶ月ほど経ったところで、3万円というお値段と10%オフという期間の相性の良さにちょっとだけ身震いがした。

 

店内は10%オフ目当ての女性たちでとても混雑していて、でもクレドポーボーテのメイクコーナーにル・フォンドゥタンの画像を見つけて凝視していたら店員さんが「ご案内しましょうか」と言ってくれた。

 

「ル・フォンドゥタンも売っていますか」と聞くと「ございます。ご存知なんですね!」と微笑んでくれた。よかったらお感じだけでもお試しください、といってカウンターに案内される。正直以前銀座シックス内にあるクレドポーに行ったときのゴージャス感は全くなく、カウンターの上は雑然としていて置いてあるティッシュもなんだか黄ばんだような色合いだったのが気になった。でもそんなことは言っていられない。なにしろ3万円の買い物だから、10%オフは大きい。

 

と、名より実みたいなことを言っているけど、普段の私は雰囲気重視派で、高いものほど買い物をする空間が大事、とか思っているんだけど、この時はなぜかモードが違った。買いたいものも気持ちもほぼ決まっていて、きっかけを探していただけという状態だったからかな。

 

今回の冒険はお値段もそうだけど、トーンを一段落としてもらった色味を買う、ということもあった。私は肌色が明るい方なんだけど、一番明るい色味でも一段濃い色味でもいける、と言われて、確か前に読んだメイクの本に、「ファンデーションは白く見せるためじゃなく、肌をきれいに見せるために塗るもの。迷ったらワントーン暗い色を」と書いてあった気がしてそうお伝えした。カバー力を期待するなら一段濃い色味ですかね、片頬におつけしてみましょうか、といってエプロンをかけられ、顔の半分をクレンジングしてもらい下地をつけてからファンデをのせてもらった。

 

一段濃い色味でも首から浮くことはなく、というか肌のアラが一切消えるようでそれでいてツヤも素肌感もあってその仕上がりにびっくりした。一目で購入を決め、お客様カードへの記入とかそういうのを片付けてレジに向かった。自分で。

 

デパートのクレドポーボーテなら座っている間に全てが完結するんだろうな、ってことが全てセルフで行われた。レジ袋はご利用ですか?という質問は3万円のお買い物にはあまりに不釣り合いで、思わず笑ってしまった。3万円のファンデーションはプラスチックの緑色のカゴに入れられ、クレドポーのスキンケアのサンプルも「すみません、袋が切れてて〜」と言ってバラのまま入れられた。レジに並んでいるとさっきの担当の店員さんが「袋が見つかりました〜」と言ってまとめてくれた。よかった。

 

ルミネカードでお会計を済ませ、@Cosmeの紙袋を持ってお店を出た。化粧品は気分が大事な買い物だから、ゴージャス空間で買った方がよかったのか、でもモノは一緒だからここは実をとって正解だったんじゃないか、なにしろ10%オフは大きい、と、ごちゃごちゃ考えながらエスカレーターに乗って一階まで降りた。この日東京は天気が悪くて、おやすみの日だったけど入り口近くのサボン以外はわりと空いていた。いつも買っている基礎化粧品を最低限の数だけ買い(まとめ買いは収納スペースに困るし、違うものを使いたくなった時に持て余すことが何度もあった)、何かを成し遂げた気分になってルミネを出て電車に乗った。今回は100点、という気持ちで。

 

振り返ることが苦手だった。そのときの気分で行動しがちで、だから振り返ろうにも「だってあのときはすごくそうしたかったから」以外の分析ができずに年を重ねてしまった。今年に入ってからちゃんと定量的に検証することをし始めた。難しいことではなく、例えば今回なら10%オフというのは金額のことだから、具体的にいくらのメリットがあるかを計算してから行動する、みたいな。「この機会に何かを見つけよう」じゃなく、「欲しかったものをこの機会に買う」が正解なのかも。お会計を待つ時間とか、そういうコストも全部考えつつ。そうなると重要なのが日頃から「今度これ欲しいな」と意識しておくことと、思い立ったらすぐに手に入れようとしないことかもしれない。とはいえ今回の10%オフ期間の成功はル・フォンドゥタンで美肌を手に入れることだから、そのためにスキンケアも頑張って食事にも睡眠にも気をつけて〜って日常が活性化される感じがまさにお祭りみたいで。

私たち、別れる方がお互いのためにいいと思って

ずっと憧れていて、出会った時は本当にうれしくて、しかもあちらから「どうぞ!」っていう感じで敷居低めにしてくれて、一緒に過ごすのを本当に心待ちにしていたんだけど、いざ一緒にいてみると半日もたたずにつらくてつらくて心臓が痛くなるような感じまでしてきてこの関係を解消しようか考えている......。靴の話です。

 

ポール・アンドリューの靴、痛い!!!

めっちゃ痛い!!!!!

 

一目惚れみたいに出会って、衝動買いもいいところだったポインテッドトゥのパンプス。ソールも貼って雨が降らなさそうな日を吟味して、そんなに遠くに行かない日に履いてみた。

 

前にも書いたけど私にとっての一日履けるパンプスといえばペリーコのラウンドトゥで、その型を買い足して買い足して生きてきた感じ。ポール・アンドリューの靴は見た目が美しすぎて、もう、なんなら痛くてもいいや、くらいの勢いで買ってしまった。思い返せば買わない決断をするタイミングはいくらでもあって、いつものサイズ36.5が売り切れで36しかなかったこととか、試着直前に足がつったとか、全身でウォーニングを出していてくれたのかもしれないのに無視してごめんね直感。

 

痛みで気が遠くなりながら、なんとか関係を続けられないか考えてみた。

 

脚はとってもきれいに見えるし?→痛そうで顔がこわいから無理。

 

今日は黙々と歩いてるから、誰かと一緒とか楽しいシーンでは気が紛れて大丈夫なのでは?→人と一緒にいて起こるつらいことがあるはずなのに、ベースが靴が合わず足が痛いっていう状態はコンディション悪すぎて無理。

 

結論:足が痛くてもいいシチュエーションなんて存在しない。

 

ということで、損切り?は早い方がいいので帰りの電車に乗りながらゾゾタウンでリユースバッグを申し込んだ。目の保養に家に置いておきたい気持ちもあったけど、そういえば目の保養靴はすでに2足あるな、と思い返してその2足に匹敵するかっていうと微妙で、だったらまだ欲しい人がいるうちに売ってしまうのがよいのだと自分に言い聞かせる。ブランドに関する記事は山ほど読んだから知ってるけど、ポール・アンドリューは見た目の美しさと履き心地の良さで支持を集めるブランドなんだから。

 

憧れのブランドが自分向きじゃなかったとわかるのはとても寂しい。寂しいけど早く知ることができたのはよかったんだと思う。人生のここぞっていうとき(がどんなときかよくわからないけど)に失敗するよりは、憧れ靴というタイミングでよかった。とはいえ失敗は失敗だから落ち込んでしまうし、「この夏はまるでだめだった」みたいな思考になるから冷静に夏を振り返ってみると、、

 

今年の夏はとにかくワンピースと縁があった。夏の初めにマルティニークで買って老若男女から好評だった赤いワンピース。手術後に初めて店内に入ったトリコ・コムデギャルソンで買ったネイビーのワンピースは今夏一番の褒められ服で、見事に女子からの限定なんだけど嬉しかった。夏の終わりに久しぶりに行った伊勢丹で初めて実物を見たBeautiful Peopleのオレンジのワンピースもとても気に入っている。

 

ワンピースばかり着ていると単品コーディネート能力がすごく低下することを今年の夏に学んだんだけど、流行りのunlearning?ということにして再度新鮮な気持ちで向き合えればと思う。「今店頭で出会って買いたいお洋服か?」というのは断捨離をする上でのチェックポイントらしいので、その観点でゾゾに出すお洋服を何点か追加した。思い切って手放すんだから秋冬と、来年の夏に向けてまた素敵なお洋服や靴に出会えることを期待している。