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マーク・ザッカーバーグのスピーチ

見入ってしまった。

 

jp.techcrunch.com

アップルパイがご褒美

大変な1日が無事に終わって、へとへとなんだけど気分がとても高揚していて、頑張った自分へのご褒美になにか、と思ってアップルパイを食べて帰ることにした。

 

そのお店ではアップルパイにかけるソースを選べるんだけど、疲れてどれも美味しそうで選べなくて、おすすめを聞いてラズベリーソースにした。シナモンの香りが高いアップルパイとバニラアイスクリームにかけて食べたら美味しかった。

 

アップルパイがくるまでの間に、今日の仕事について相談していた人に「おかげでうまくいきました、ありがとうございます!」と連絡をしたり、来年に向けて今日の記録をメモしたりした。

 

直前でミスが見つかったけど事前に間違いに気付いて修正できたりとか、システムがおかしくなったら詳しい人に早めに助けを求めて解決できたりとか、ミスが修正できたのは本番1週間前にシステムに詳しい人にレクチャーを受けておいたからとか、今回仕事がスムーズにいったのは周りの人に相談したからだな、と思う。仕事は一人ではできないって本当にそう。

 

どちらかというと仕事を抱えてしまうタイプで、でも今回は意識的にそれをやめようとしてうまくいったから、今後はチームワークを大事にしていくといいんだと思う。

 

家に帰ってからもまだ気分は高揚していて、SNSをひっきりなしに見てしまったりするんだけどテレビを見る気にはなれなくてSpotifyで音楽を聴いた。Mommyのサントラとか。始まりのセリーヌディオンからラナデルレイまでがめちゃめちゃ早くて、時間の流れがおかしくなってる気がした。多分今日は早く寝たほうがいい。

 

毎年この時期はとても忙しくて、会う人会う人に弱音を吐いてしまうんだけど、一昨年より去年が、去年より今年が、少しずつだけど余力が増えてきている気がする。社会人としての強度が上がってきている感じが嬉しい。来年はこの時期に夜の予定をいれられるくらいの余裕が持てますように。

お肉を食べるといいらしいね?

いろいろな人がそう言っているから、お肉を食べると元気になるんだと思う。魚は健康にいい、野菜もたくさん摂らなきゃ、は昔から言われてきたけど最近は断然お肉。

 

過労気味に働いていた20代の頃、エネルギーチャージとして肉ばかり食べていた。深夜の焼肉にもよく行った。あんな夜中に食べるカルビとハラミは本当に美味しかったのか、最後にビビンバを食べる必要はあったのか、今となってはよくわからない。

 

疲れて体調を崩しても食欲だけは落ちない家系出身だけど、そんな働き方をしていたら胃腸炎がいつまで経っても治らなくなった時期があった。食べても吐き気がするしお腹の調子も悪いので病院にかかった。「とにかく療養を」と言う先生と「そんなの無理だから薬出してください、薬」と聞く耳を持たない私との間に良好なコミュニケーションはなかったけど、「せめてここで少し横になってから会社に行ってください」といって出されたミッフィーちゃんの毛布をみて少し癒されて素直さを取り戻したのを覚えている。

 

「どんな食事をとってますか?」「具合が悪いので元気を出そうと肉ばかり食べています」「あのね、元気ないから牛肉を食べようっていうのは江戸時代の健康法ですよ」「、、、」「食糧難の時代なら、たまには肉を食べて、というのも大事だけど、今はそういう時代じゃない。元気のない時は胃に消化の負担をかけないようにお腹にやさしいものを食べた方がいいと思いますよー」

 

元気がないからお肉を食べようは江戸時代の健康法、という話をいろんな所でしたと思う。そのくらいの転換点だった。そんなことを思い出したのは、最近仕事でへとへとだし元気を出さなきゃ、と思って毎日毎日豚肉豚肉ステーキ豚肉と食べ続けてきてなんか今日はどうしてもお肉を食べたくない、と気づいたから。また江戸時代の健康法を取り入れてしまっていた。

 

明日は仕事がとても大変な1日で、1年で一番くらいの大変な日で、だから今日は何を食べよう?と考えて夜は大好きなアボカドのレモンクリームパスタにした。その日体が欲するものを食べるのが一番、と言っていたのは明石家さんまさんで、頭で考えてたんぱく質が〜とかがんじがらめにならない方がいいのかもしれない。お肉も好きだけど野菜も好きな自分の嗜好を尊重して毎日のご飯を考えていけたらなと思う。明日が無事に終わりますように。

米倉涼子先生とバスタオルと母の日

今年の母の日はベタにカーネーションを贈った。青山フラワーマーケットの「web限定商品」というやつで、限定も何も画面で見るしかないから色合いが他の花束と比べて華やかなそれにした。ヤマトの過重労働に配慮したからか、けっこう前に申し込んだにも関わらず配達予定日は母の日の前日の土曜日だった。

 

土曜日の朝、母親からLINEでありがとう!とっても綺麗!!というメッセージが届く。折り返し電話をしてどんな花束だったか聞くと、ちゃんとしたオアシスに花が生けてあるフラワーアレンジメントで、フューシャピンクがとても綺麗だという。「年をとったら微妙な色合いよりもはっきりしたのがいいみたいだわ〜」と笑っている。今年のチョイスは正解だったとほっとした。

 

ゴールデンウィーク中に取り組んでいたことがあった。

 

連休前に仕事で疲れて帰ってぼうっと見ていたテレビに米倉涼子が登場した。嵐のメンバーも一緒だった。番組の中で「バスタオルはどのくらいの頻度で取り替えるか」という質問があり、米倉涼子先生はきっぱりと「毎回洗う」と言っていた。嵐のメンバーもほとんどがそう答え、理由は「一回使うと雑菌が繁殖するから」だった。

 

焦ることに私はバスタオルを毎回洗濯しないし、ひどい時は週末にまとめて洗濯するくらい。雑菌まみれのタオルを使っていたのか、、、と愕然とする。ネットでもつい検索してしまったけど雑菌はキーワードになっていた。これはまずい。

 

毎日バスタオルを洗濯するプランを考える。朝30分早く起きてやるしかない。そういえばシーツを毎日洗濯しろ、その効果はウルトラ級(?)とこんまり先生が言っていたのを聞いた気もするしとにかく毎朝洗濯をして干してから会社に行こう。ゴールデンウィークから始めよう。

 

実践してみると、確かにシーツ、枕カバー、タオル類が毎回洗いたての生活は心地よかった。ウルトラ級の効果についてはよくわからないけど確かに気持ちはいい。毎回洗濯すると干すのがとても簡単なのもわかった。なにごとも溜めずにやるのはいいみたい。

 

この習慣はゴールデンウィーク中は毎日続いた。ここまできたら会社が始まっても余裕かな?と思いきや出社後1日しか持たなかった。2回目に使うバスタオルはそれほど不快ではなく、よく考えれば一人暮らしをして10年以上平気だったのだから急に無理になるわけがなかった。

 

とはいえうっすらと罪悪感があり、タオルを使うたびに米倉涼子先生の毅然とした姿を思い出してしまう。母親から「最近どう?」と聞かれた時、仕事が忙しいと訴えた後はバスタオルの話をした。母は強かった。

 

「えー?毎日なんて洗わなくて大丈夫よー。病院だってシーツは3日に一度換えるって言うわよ?それは病気で弱ってる人の場合じゃない?健康な人だったら1週間くらい全然平気よー」

 

あっけらかんと断言する。この数週間タオルと洗濯のことで思い悩んでいたのがバカみたいになった。確かに実害がないならそんなに神経質にならなくてよかったのかもしれない。母の日はお母さんに日頃の感謝を伝える日なんだけど、こうやっていつも逆に励まされている気がする。

 

自身も母になった姉は母の日に感謝の気持ちを伝えることをやめたらしく、母の日をお祝いしてくれるのはあなただけよ、と言われてちょっと誇らしかった。「お父さんが”君はいいね”ってうるさいのよ」と言うので父の日もまたビールなどを贈らなければいけない。本当は顔を見せたほうがいいんだろうけどなかなかタイミングが合わない。

 

そうこうするうちに母の誕生日もきてしまう。一年はプレゼントを考えているうちにあっという間に過ぎる。ジョンマスターオーガニックからきていた贈り物に関するアンケートに、贈り物をする相手で一番頻度の高い方は?という質問があったので迷わず「家族」と答えた。両親が70代になるということは、贈り物ができることに感謝しなくてはいけない年代になったんだな、と思いながら。

 

今日は晴れて心底夏日だったけど、夏掛けとカバーとお昼寝用ケットを洗濯して干したら物干しがいっぱいになったので、シーツを洗うのは明日に持ち越した。いくつになっても母親に言われたことの影響はすごく強くて、なんとなくこのバスタオルの話も記録しておきたくなって。

夢は思ったより叶う気がしてきた

ゴールデンウィークは相変わらず楽しく、お友達のお家にお呼ばれしたりした。

 

お友達はお料理とか家を飾りつけたりとかが好きなタイプなんだけどずっと会社が指定した1Rのマンションに住んでいて、「こんな家じゃ人を呼べない」「お料理ができない」といつも不満を言っていた。引っ越したお家はリビングが正方形の1LDKで、革張りの立派なソファがを置いても広々としていて快適だった。

 

「人を呼べる家に住むのが念願だったから来てくれてうれしい」という彼女はとても嬉しそうで、見ているこっちも幸せな気分になった。と同時に自分の家の「人を呼べる家」度の低さに愕然とした。自分の家に3人以上の人を招いたことは引っ越してきたばかりの時一回だけなんじゃないか。

 

間取りが悪いのかもしれない私の家は、同じく1LDKなのにいつも人が来ると落ち着かなさそうにしている。狭いのにカウンターキッチンがあるのがいけないのか何なのか。ソファも多分小さすぎて彼氏以外は隣に座れない感じ。

 

この間取りは完璧だと思ってこの部屋に決めたのが数年前で、見つけた時は南向きの1LDK最高、昼間電気つけなくていいの最高、寝室を寝るだけの部屋にできるの最高と狂喜乱舞していた。要するに「人を呼べる!」かなんて考えもしなかった。

 

振り返るとお友達の部屋は日当たりが悪いのかカーテンのせいなのかかなり薄暗く、「外国みたいで雰囲気があっていいね」と言ったものの私はあの部屋には暮らせないと思った。

 

これが優先順位か、と思う。誰かにとって大事なことが他の人にとって大事とは限らない。私は自分ひとりの快適を最優先したし彼女は誰かと過ごす時間を重視していた。私の家は彼女のようにまだ2歳にもならない友達の子供が走り回ることには全く向かないし、家=ひとりになれる場所、という概念が強すぎて彼氏などが泊まりにくると帰る時間を心待ちにしてしまう。

 

『成功者K』という本を読んでいる。その中に自分は孤独に強いと思っていたけど実は慣れていただけで、人と一緒にいるのに慣れた後の孤独には耐えられない、みたいな一文があった。自分もそうなのかな?と思ったり、今回のように人を招くのが好きな友達の家に遊びに行ったりすると自分は人として欠陥があるのではないかと思いつめたりもする。

 

とはいえ子供がほしい、と10年前から言っていた友達は立派にママになっているし、人を呼べる家に住みたいと言っていた友達がそういう家に引っ越しているし、人にご飯を食べさせたいと言う友達は料理教室に通って集まりのたびに豪華な料理をケータリングしてくれているし、みんな言ってることとやってることはわりと一致している。十年以上南向きの1LDKに住みたいと言っていた自分も今はそういう家に住めているし、イメージすると夢は叶うというのは本当なのかもしれない。そして人の夢を自分の夢と勘違いするのは危険そう。

 

友達によると40代になると自分のことがとてもよくわかるようになるからいろいろなことの判断が楽になるそうで、それまでは自分が何がしたいか分からない状態をあきらめて受け入れた方がいいんだろうし、あとは叶ったらそれが自分の夢だったんだ、くらいのスタンスで過ごしていればいいのかなと思ったりして、あ、でも和食が作れるのはとてもいいことだと思ったので暫定的に自分の目標にしておこうかな。

『タレンタイム 〜優しい歌』と『メットガラ ドレスをまとった美術館』

今年のゴールデン・ウィークはかなり最高。連休中日は出社だったけど、仕事の後裕福な友達が素敵なレストランに連れて行ってくれたし、翌朝起きられたら映画を観に行こう、と思って寝たらすっきり目覚められて観に行った『タレンタイム』が素晴らしかった。

 

『タレンタイム』を知ったきっかけは私がツイッターでフォローしている方が連日おすすめしてくれていたからで、丁寧に上映館と開始時間までツイートしてくださっていたのでいつしかシアターイメージフォーラム、10:50〜の回と覚えていた。

 

マレーシアについて私は恥ずかしいくらい何も知らず、多民族、他言語、他宗教の国であることも映画を通じて知ったくらい。

 

映画を観ている間中、嘘みたいだけど本当に優しい気分になれた。大げさだけど人が人を想うことがどういうことなのかを追体験できるような映画だった。重病で入院中のお母さんが、音楽祭「タレンタイム」に出場する歌の上手な高校生男子に「あなたはタレンタイムで優勝して賞金を私のためにあげたいと思っているでしょう。でもそれは違う。私はあなたがいてくれるだけで十分嬉しいんだ」と伝えるところが圧巻だった。私は持病のせいで涙腺がおかしくなってて、ふつうの人の1/5しか涙がでないんだけど、久しぶりにはらはらと泣いた。

 

他にも耳の聴こえない男の子と女の子の恋とか、そこに家族の関係が絡んだりとか、本当の友情ってなんなのかとか、奇跡みたいな瞬間が次々とでてきた。今突然思い出したけど、読後感としては内容は全然違うけどやまだないとさんの『ビューティフルワールド』みたいで、って今猛烈に読み返したくなって本棚を見に行ったけどその漫画が見つからない。スキャンしてKindleに入れてしまったのか。。残念すぎる。

 

どうしても読みたいページがあって数年ぶり?にKindleを充電する。リストを見たらKindleの中には私が読み返したい作品がいくつもあって、吉田修一とかリリーフランキーとか山田詠美とか本谷有希子とかまでこんなに電子化してしまったのかと愕然とした。Kindleに最適化したサイズでスキャンしてもらったのでPC上ではうまく読めない。ふいにKindleの最新のものを買いたい衝動にかられる。iPadも買い換えないとなのに。。

 

『ビューティフルワールド』のことは少し置いておいて(充電するまでKindleで読めない)、また『タレンタイム』なんだけど、とにかくこの出会いは奇跡だと思ったのでおすすめしてくれたツイッターの方におすすめありがとうございます、とお礼をして、そうしたら丁寧に「観に行ってくださって嬉しいです」の返信までいただき、とてもあったかい気持ちで家に帰った。音楽が素晴らしい映画だったのでサントラを買う気満々だったのにiTunesにもAmazonにも見つからなくてショックだった。「I go」も「Angel」も「 So long」もどうしてもまた聴きたいのに。

 

そういえばシアターイメージフォーラムでは『ハッピーアワー』の凱旋上映がされていて、ああ観に行ったな、整理番号が後ろの方で首を思い切り曲げて一部二部三部って観たな、と懐かしくなった。映画の感想をツイートして監督御本人にいいねしてもらって嬉しかったりいろいろな思い出。

 

この日は頭が『タレンタイム』でいっぱいで、電話で話したお母さんにもその話をしたし夜ごはんを食べにいった友達にも話した。友達に「え、映画とかひとりでいける人?」って聞かれて「え、そこ?」と思って優しい気持ちが一瞬途切れた。

 

『メットガラ』もゴールデンウィークにやりたいことリストにあって、家事を片付けてふと上映時間を調べたらちょうどいい時間の回があって、通路側に空席もあって、っていろいろスムーズだったので観に行くことにした。観に行って正解だった。なんというか、私の好きなお仕事ムービーで、才能とセンスに満ち満ちた人たちが自分の意見をしっかりと主張して自分の仕事を完璧なクオリティで遂行していく様はこちらも奇跡みたいだった。

 

席順とか、誂えとか、ゲストが誰かとか、スケジュールとか、スケールは全然違うけど自分の仕事にも似たようなところはあって、これまではなんでも「去年こうだったんで〜」で片付けていたけど、もうちょっとアナ・ウィンターに「You think about it. You can do it」と詰められたら?と仮定して真剣に解を探る姿勢で臨んでみようかな、と思ってしまった。連休後に仕事で忙殺される前に観られてよかった。あとリアーナが素敵すぎた。奇跡。

 

Kindleの充電が終わって『ビューティフルワールド』/やまだないと の中のどうしても読み返したかったラストの一文が読めて、そんなに短い一文ではなかったけど書いておきます。

 

そうだよ オレは知ってるよ 

そこには 死もあるし 絶望もある

裏切りも あざむきも 憤りもある

憎悪があって 涙があって

君だって知ってるのでしょう

だけどそんなもののために

こんなに美しい世界が見えなくなってしまうなんて

信じられなくなってしまうなんて

ばかばかしいしね...

 

靴が連れて行ってくれるところ

昔から靴が好きだった。お洋服もカバンも化粧品も下着も香水も、女の人が好きなものはたいてい好きなんだけど、なかでもとりわけ靴に関してはその時々ではまっているブランドがひとつはある。

 

靴の面白いところは、遠目から見て美しい形であってほしいし脚をきれいに見せてほしいし1日履ける履き心地であってほしい、というわがままを全部叶える存在でってほしく、だからなかなか見つからないし、試着時OK買ってから履いてOUTなことも度々起こるから予測不可能なんだけど数年に一回運命みたいな出会いがあること。

 

ここ数年はずっとペリーコで、”走れる8cmヒール”のという噂を聞いて履いてみたプレーンなパンプス(taxiの型)が本当に痛くならず同じ型の色違いを買い続けている。値段が7割くらいだったらもっと頻繁に買いたいくらい。

 

好きになる→本店に行ってアイコニックな商品を買うというパターンを20代から繰り返している。NYのシガーソン・モリソン、パリのクリスチャン・ルブタン、、。ペリーコはイタリアに本店があるんだろうか?イタリアはスリが多くて気軽には行けないイメージなので現在の日本展開の多さに感謝したい。

 

疲れて帰ってきた日のお風呂までの時間は本当にぐったりしていて、ネットを見ることしかできない。この前ふとしたときに、普段はスルーするショップからのDMを見てしまい、ポール・アンドリューというブランドに出逢ってしまった。それ以来その靴のことばかり考えてしまう。

 

特に気に入ったのがスエードのバックストラップシューズで、ヒールは6cmくらい。ペリーコのおかげでだいぶピンヒール慣れしたから履けるかもしれない。深夜のテンションで買いかけたけどペリーコの2割増しくらいの値段だったので冷静になれた。

 

以前きれいめな格好が好きになってきた、と書いた気がするけど、靴の好みも完全にそうで、例えば昔は面白がって履いていたチャンキーなヒールにはあまり惹かれなくなった。靴の個性より自分を引き立ててくれる方を選ぶ傾向にある気がする。とはいえ毎日ヒールは疲れるし、予定に応じて週の半分くらいはフラットがローヒールの靴を履く。この靴選びも見た目と快適を両立した靴との運命の出会いを待つしかなく、日々賭けのような気持ち。

 

去年買ったペリーコの靴のヒールに傷がついたのでミッドタウンの直営店に修理に持って行った。買いすぎが怖くて直営店に行くのを避けていたので初めて行った。修理は簡単にできることがわかり、店内を見てまわった。私の好きなtaxiの型は今シーズン8cmヒールのものが少しあるだけで、6.5cmのものがなかったので爆買いはせずにすんだ。店内は圧倒的にアネッリの型のものが多く、選び放題のアネッリファンの人が羨ましくなった。

 

ネットでチェックしていたペリーコサニーのサンダルを買った。ピンクとパイソンとグレーで迷ったけど、夏が楽しみになるように思い切ってピンクにした。ポイントカードを作ったし、お店からのDMがくるようにしてもらったのでしばらくはお金を貯めておかなければいけない。靴に投資してしまう時にいつも頭に思い浮かべるのは「よい靴を履きなさい。その靴はあなたを素敵なところに連れて行ってくれる」的などこかで聞いた格言で、そういえばスマホケースを天然素材(木とか本革とか)にするといい知らせが舞い込むってVOGUEのサイトで見かけてすぐにケースを変えたし、素敵なところとかよい知らせとかのモチベーション喚起力はすごくて、ここはあえて効果あったのかな?とか考えずに楽しく過ごしたいところ。