このハゲーーーーー!の音声

どきどきしている。うちの父親は頭髪が薄くて、そのことを笑いに変えないタイプの人で、家庭内でその言葉は絶対に、絶対に口に出しちゃいけない言葉だったから。口に出したことはないしキーボードで打つのも多分初めてなんじゃないかな。

 

豊田議員の暴言騒動で音声が流れるたびに、心臓がどきどきしていた。絶対に言っちゃいけない言葉が大っぴらに流れる居心地の悪さは半端ない。

 

頭髪が薄いこと以外にもタブーはいっぱいあった。太っている人はふくよかな人だったし身長が低い人は小柄な人だったし、全体的に蔑称は口に出してはいけないし外見で人を笑ってはいけないというのを叩き込まれて育った。

 

大人になって、というかなる過程で、それが世間のスタンダードじゃないことをまざまざと知るようになった。いい大人が、友達が、友達の親たちが平気でそういう言葉を口にする。

 

うちに友達や従姉妹が遊びにくるとひやひやした。ねえなんで?なんであなたのうちのお父さんは毛がないの?とか、蔑称とか。とても嫌な気持ちになったし父親が嫌な思いをして怒り出さないかびくびくした。

 

学生時代はともかく、社会に出てからのみんなの遠慮のなさには本当にびっくりした。あと、自分で身体的特徴を笑いにすることが良しとされてることも知った。

 

そういえば母親は、外で散々言われているんだから家族の中くらいはそういう言葉は聞かせたくない、と言っていた。思いやりはとてもいいと思うけど副作用としては、いい子だな、と思っていた子がそういう蔑称を口にすると「あれ?この子は悪い子なのかな?」と思ってしまうことで、そういう視点でみていくといい子なんてほとんど残らない。

 

ニュースを見るたびに、父親がこのニュースを聞いたらどうしよう、と思った。週末母親に電話した時、その話題になった。母親は高らかに「あのハゲーーーーー!でしょ?」と言って笑っている。あれ?私の受けてきた蔑称禁止の英才教育は?とびっくりする。もっとびっくりすることに、父親は文字では見たが音声になかなか遭遇しなかったらしく、昨日の夜のニュースが始まる時は音声が!音声が!!と言って階段を駆け下りてきたという。

 

「聞いて、どうだったの・・・?」

「こりゃすごいなーって笑ってたわよー」

「・・・」

 

いつの間にか昼間にテレビを見ることは解禁されていたし禁止用語もなくなっていたみたい。私の中にインストールされた規範のやり場はどうなるんだろう。随分多くの人に期待して、期待を裏切られたりしてきたけど、少し緩めていいのかもしれない。ニュースのおかげで意外な変化に気づいてしまった。

ハリオv60コーヒーメーカーは雨のような抽出

ビジュアル的にも、サウンド的にも、どしゃ降りの雨のよう。もう今日は何度もコーヒーを淹れているけど何度でも釘付けになってしまう。

 

5年ほど使ったコーヒーメーカーを買い換えた。特に不具合があったわけじゃないけど、ハリオv60にして生活が変わった、的なのをネットで見かけて気になっていて、誕生日に買おうと思いアマゾンのカートに入れっぱなしにしておいた。

 

誕生日がきて、購入手続きに進んでからもいろいろと逡巡していた。まだ使えるものを買い換えていいんだろうか、味がそんなに変わらなかったら?サイズが巨大でカウンターに置けなかったら?などなど。だったらちゃんと測ればいいんだけどそれはちょっとめんどくさくて、レビューの「思ったより大きくなく」みたいなのを信用してみた。めっちゃ主観。

 

ヤマトさんには申し訳ないけど不在時に配達されて、再配達手続きをして土曜日に届くことになり楽しみにしていた。朝9:30に届いた箱はかなり巨大で、え、これは置けないパターンでは。。。と不安になりながら受け取った。

 

箱の中はけっこう梱包材が占めていて、開けるのももどかしく本体を取り出しカウンターに設置した。ぎりぎり置ける。

 

説明書にクエン酸洗浄のことが書いてあって、お手入れ大変なのかな、と不安になるも3ヶ月に1回でよいと書いてあってほっとする。今回本体+フィルター(円錐形にフィットするやつ)+軽量スプーンの3点セットを注文していたので全て取り出す。軽量スプーンは付属のものとシルバー製のものがあり、立派そうなシルバーのものを使うことにする。

 

蒸らし機能がいい、などなど、褒め言葉をたくさん読み込んでいたけど期待以上に美味しいコーヒーを淹れられた。でも、美味しさよりも何よりも印象的なのは雨のような抽出。天空からお湯が点点で降り注ぐ様はとても美しくていつまでも見ていられる。これまでのラッセルホブスのコーヒーメーカーはどうだったかが思い出せない。

 

 

シルバーの計量カップは少し大きめなので、説明書通りの分量で入れても味がだいぶ濃い、っていうかカフェイン中毒になりそうな重さ。少し減らしたりまた増やしたりしながら今日は5杯くらい飲んでいる。コーヒーの分量が安定すると水の分量を雑に計っていたりするからコーヒーの味は一期一会なのかもしれないと思った。

 

大好きなコーヒー屋さんで、コーヒーは円錐形の一つ穴のドリッパーで淹れるのが美味しいと聞いてからもう5年くらい。家で、マシンでこの形態で抽出できるなんですごく贅沢。外箱でもまるでハンドドリップ、と謳っていたけど本当にコーヒーの酸味とか苦味とか果実味とか、お店で飲むみたいな深い味わいが楽しめる。

 

こういう買い物をすると、世の中は確実に進化している、みたいな大げさな多幸感を味わえる。古いものを大切にすることは大事だけど、新しいものを取り入れることも未来に期待ができていい。今までのコーヒーメーカーは抽出時間に支度とかいろいろできてよかったのに、ハリオv60はしばらく眺めてしまいそうで、こんなつきっきりならもうハンドドリップしちゃえば?って感じだけどそれはまた別の話で、ああやっと今わかった。ロボットをかわいいと思える気持ち。無機的なものを愛でることをちょっと気味悪く感じていたけど一生懸命働くマシンは見ていて気持ちがよくて、5年も経てば私が素直にかわいいと思えるロボットとかが普及してるかもしれないな。

このセールはよかったよね?

友達に誘われてジミー・チュウのセールに行ってきた。前にも書いたように靴はかなり好きなんだけどジミーチュウはなんとなくノーマークで(パーティーに行く人向けな気がしていた)、でもセールを機会に一度履いてみたいと思い脱ぎ着しやすいサンダルを履いていそいそと出かけた。

 

会場に入るときに荷物は回収され、透明バッグに携帯とお財布だけを入れて中に入るよう促される。会場に入るとまず目に入ったのはスタッズ柄のクラッチバッグで、サンプル品、40%オフの表示があった。それでもけっこう高かった。

 

靴は全て箱に入れられてシルバーの什器に整然と積まれ、最初はお作法がわからなかったけど、気に入った靴があったらその場では試着せずに奥の試着スペースに持って行って履いてみる仕組みで。

 

私のサイズ=36 1/2 はいつもサイズ切れがよく起きるだけあって激戦で、小さいサイズや大きいサイズに比べて種類が少なかった。そんな中見つけたのが黒のフラットストラップシューズと、同じく黒のアンクル丈ブーツ。

 

試着コーナーに持って行って履いてみて感動した。ものすごくフィットする。ジミーチュウはパーティー向けというイメージから、見た目重視履き心地無視なんじゃないかっていう偏見があったけど、全くそんなことはなかった。特にアンクル丈ブーツは高めのピンヒールなのに安定感があり、それでも背筋はぴんと伸びる感じで。嗚呼もうこれは買ってしまうかもしれないと思い値札をみると、定価は15万円、セール価格10万円強。。

 

ものすごく悩んでいると友達がやってきて、春夏もののジュート素材のパンプスが気に入ったという。履いてみるとやはりフィット。でもよく見るとシミのようなものがあり、「同じサイズで別の商品はありますか?」と店員さんに質問するも、「出ているだけなんです、、、、」と回答された。セール価格で4万円くらい。

 

二人で頭を抱える。私のブーツは完璧なフィットだけど10万円、友達のは4万円だけどシミが気になる。店内をくるくる見渡し、ブーツはどうかな?と試着し、友達の選んだものはファスナーが上がらなかったし私が手に取ったものは今度は13万円だった。

 

何も買わずに帰ることにした。荷物を受け取るとき、入場時に「ここに住所とお名前をご記入ください。次回からセールの案内をお送りします」と言って渡されたカードは破棄されてしまった。買えないかもしれないけど案内は欲しかったな、と思う。

 

エレベーターに乗ったときに浮かんだのは安堵の気持ちで、友達とよくわからないけど「やったねー!」「えらかったねー!」「お茶しよー!」と言い合った。タリーズに着くまで、「ブーツかわいかった」「パンプスも」「けど10万円はねー」「やめてよかったよー」「4万円は全然買えなくはない値段だけどねー」「けどシミが気になっちゃうしね」「秋冬ものは気分が変わってるかもしれないし、だったら10万円出せばそのシーズンのものがいくらでも選べるし!」などなど、自分たちの選択は正しかった、理性の勝利だと褒め合いをした。頭の中でいろいろ計算してカロリーを消費したのか、タリーズのショコリスタが最高に美味しく感じた。

 

「楽しかったねー」「またいこー!」と言って別れたんだけど、よく考えたら何も買わなかったのが正しい選択なら、また行くのはなぜなのか。お茶をしながら今までに行ってよかったセールの話で盛り上がったけど、半分は何も買わなくて済んだセールの話で。

 

理想のセールは、「普段憧れていたブランドのセールで、あんまり混んでなくて、ふと見つけたコートが完璧にフィットしてお値段がびっくりするほど安くて?」みたいな運命の出会いがあるようなセールだね、という話に落ち着いたけど、セールに臨む気持ちは買いに行くのに散財は防ぎたいっていう矛盾したもの。とはいえセール会場のエレベーターが開く瞬間の、混んでるのかな?商品が乱雑に散乱してないかな?いい商品が見つかるかな?お値段は??ってどきどきする時間は他ではちょっと味わえない興奮で、その興奮のまま高額商品を手に取ることなく無事に会場を出られたときの自己肯定感とセットで病みつきになる感覚だからまた行ってしまうんだと思う。

 

副産物としては幸か不幸か今日で私はジミーチュウの靴の履きやすさを知ってしまった。普段はショップの前を素通りしてたジミーチュウが、クリスチャンルブタン、マノロブラニク、セルジオロッシ、ジュゼッペザネッティ、などなどの憧れ靴リストに載ることが、セール開催の目的の一つだとしたら?って考えるといろいろぞくっとしますね。

製菓欲の今と昔

ふと思い立ってバナナヨーグルトケーキを焼いている。丸いターンテーブルの単機能レンジから直置きタイプのオーブンレンジに買い換えたのが3年位前。人が集まるわけでもないのにケーキを焼くことになるとは思わなかった。

 

どうして今冷蔵庫にヨーグルトが入っていて、バナナも入っているのかはそれぞれ背景があるんだけど、とにかく「冷蔵庫に常備してあるヨーグルトとバナナとHMで⭐️」みたいなレシピを試す準備がいつの間にかできていた。

 

子供の頃はお菓子作りが大好きだった。憧れの人は今田美奈子。最初のお年玉で買ったのは電動ハンドミキサーだったし、自分から希望して受験した私立中学校の面接で将来の夢を聞かれると「パティシエです。目標はル・コルドンブルーへの留学!」と元気よく答えた。その野望を発表した学校はひとつ残らず落ちて、フランス語の授業のないふつうの女子校に入ることになった。今、今田美奈子を検索したら「食卓芸術サロン」というものがヒットした。子供の頃の私なら母に頼み込んで連れて行ってもらっていたと思う。

 

桜餅を作りたくて当時はあまり売られていなかった道明寺を探し回ったり、安全な食紅を見つけたり、かぼちゃのプリンを作ろうとするけどまだ体の小さい私にはかぼちゃの裏ごしができなくて祖母に手伝ってもらったり、母が定期購読していたESSEをスクラップしたりして小学校〜高校時代は過ぎていった。って書くとちょっとこんまり先生みたいだけどそこまで突き詰められなかった。あの頃はクーベルチュールチョコレートを手にいれるのがとても難しかったし、ダークな味わいのチョコレートは父にも姉にもあまり感謝されなかった。

 

大学時代も製菓欲はそこそこあって、友達の誕生日があると学校をさぼってケーキを焼いて持って行った。丸型のケーキを入れて運べるボックスをよく買った。ショートケーキ、ババロア、チョコレートケーキ、チーズケーキ、ヨーグルトケーキ、シュークリームなどなどいろいろ作った。彼氏の誕生日にケーキを焼いて、向こうの家(実家)の冷蔵庫に入れて遊びに出かけて帰って来たら「ケーキごちそうさま。とっても美味しかった!」の書き置きがあって全部食べられてしまっていたり。

 

思い返すと社会人になってから、製菓欲が激減していた。作るのはバレンタインにあげるチョコレート程度。そのチョコレートもここ10年くらいは買う専門。

 

体調を崩したり、”最近何をしても楽しくない”みたいなとき、子供の頃に好きだったことをやればいい、とよく聞く。自分にそんなことはなかった気がしていたけど、私はお菓子作りが好きな子供だった。材料もお菓子の型も好きなだけ買えるお金が手に入ったのに、どうして作らなくなっちゃったんだろう。

 

お母さんに食べさせたい、というのがモチベーションとしてあった。もっというと、お母さんに食べてほめてもらいたい、というような。

 

一人暮らしだと張り合いがないから作らないのはふつうかもしれなくて、でも例えばフレンチトーストやパンケーキは食べたくてよく作る。延長戦上にあるのがバナナケーキで、なんというか、主食とおやつの中間みたいな。純粋なデザートを作る気はしなくても、気づけば製菓欲が少しずつ回復しているのかもしれない。

 

友達の家にお呼ばれするとき、私はいつもケーキ係を買ってでる。訪れるお宅に近いところで美味しそうなケーキ屋さんを探して予約して受け取って、一連の流れがとても好き。でもいつかまた焼いたケーキを持って行ってみたくなってきた。

 

バナナケーキは売っているとなぜか買ってしまうアイテムで、だいたい一切れ200円くらい。コスパは正直わからないけど1時間くらいで作れそうなことはわかった。また今度は別のレシピも試してみたいかも。

 

そのためにはどうか、今焼いているバナナケーキが成功しますように。焼き上がり時間の30分はとうに過ぎていて、焼いても焼いてもちょっと生っぽい感じがとれなくてああケーキを焼くってこんな感じだった、焼けた?焼けてる?まだ生?あれ今度焦げる?の自問自答を繰り返して取り出して切って食べたときの!!!!っていう感覚のためにまた作ってしまうんだよね、っていう懐かしい感覚を存分にかみしめている。

三月のライオンを見終わったら夜中だった

三月のライオン(後編)を観に行きたい観に行きたいと思いながら仕事に忙殺されて全然行けず、やっと落ち着いて上映時間を調べたらどこでも朝8時からとか、夜21:30からの24時終わりとか、とんでもない時間帯にしかやっておらずしかも6/9に終わってしまう映画館がほとんどで。

 

迷ったけどその日21:30からの回で観ることにした。私がチケットを買った時点で先客は4人。夜中に観る感じの映画じゃないしな。24時終了とかお腹が空いてしまうんじゃないかって不安になって濃厚なカルボナーラを作って食べた。映画館ではポップコーンとペプシを買って臨んだ。

 

「愛の後編」というだけあって、前編のひりひり感とは違って壮大な人間ドラマであったかい感じがした。零くんの正義感と優しさが空回りしてしまうところがすごく切なくてよかった。

 

このお話で好きなのは、零くんがいつも「結局僕は将棋で強くなるしかない」と覚悟を決めて、(今まで以上に)必死に打ち込むところ。やるべきことをしっかりやらなきゃな、という気になる。昔に比べれば少しはよくなったかもだけど、自分が悩んでしまうとやるべきことがおろそかになりがちだから見ていて背筋が伸びるような気がした。あと年収にびっくりした。加瀬亮も佐々木蔵之助も、意外だったのは伊藤英明もとてもいい役だったこと。

 

映画が終わって、エスカレーターはもう止まっていて、エレベーターで1階まで降りた。ドアが開くとそこは真っ暗なショッピングモールで、来たときは歩くのが困難なほどの人出だったのにもう誰もいない。誰もいないのは怖いけど下手に誰かがいても怖いな、と思いながら足早に出口に向かった。事前に乗換案内で調べたら終電も近い時間だったので自然と小走りになっていた。

 

この日は長袖のレーヨンのワンピース一枚でちょうどいい気候で、外にでたときは夜風が気持ちよかった。少しの眠気と、感動が入り混じってとても前向きな気分で駅に向かった。今ちょっとごたごたしている案件があったけど、そんなことの優先順位は低いのでは?もっとやるべきことがあるのでは??みたいなことを考えながら歩いた。この日に観に行ってよかったと思う。

 

いつもはお風呂にお湯をはる間にソファでくつろいでしまってなかなかお風呂に入れなくなるパターンなんだけど、この日はしゃきしゃきとお風呂場に向かった。この自己啓発本を読んだあとのようなモチベーションアップ感はなんなんだろう。フィクションの力を強く感じた。零くんにとっての将棋、アカリさんにとっての家族、そういう、打ち込むべきものをはっきりさせて集中して取り組まないと生きていけないほど、人生は厳しいものなのかもしれない。

 

お風呂を出たらもう一時過ぎだったけど、翌朝はピラティスのクラスに行くことにして目覚ましを8時にセットして寝た。翌朝の目覚めはとてもよかった。

 

 

枕を新しく

すごく探して買ったから替え時がわからなくなっていた枕。一生モノ、のつもりでベッドマットとセットで買ったんだけど枕に一生モノとかなくて、3年くらいで買い換えたほうがいいらしい。1年で、説まであった。

 

快眠 枕 で検索すると無数の枕がでてきて、お値段も本当にピンからキリまであって探すのに心底疲れてしまった。不眠に悩んでいた時期があったから枕遍歴はけっこうあって、テンピュールからメディカル枕からいろいろ試した末での日本ベッドのリフワージュ LOWタイプという5年前のチョイスは正しかったと信じることにして、楽天で同じものを購入した。

 

届いた枕と5年前のリフワージュを比べてびっくりする。こんなに変形した枕を「フィットする〜」と有難がって使っていたのか。新しいリフワージュはLOWタイプなのにぜんぜんLOWという感じがなくてふかふかで。

 

スニーカーとかもそうだけど、買い換えて初めて古い方の痛みに気づくことがある。角田光代さんの名言で「一生ものという言葉に、私たちはずいぶん騙された」という言葉があるけど本当にそう。

 

これはとても難しい概念なんだけど、一生ものの買い物というものが存在しないのではなく、諸行は無常だからモノも変質するし自分の感覚も変わるし、一生ものになってくれそう、というポテンシャルに大金をつぎ込むのは実は合理的じゃなくて、そのときなんとしてでも身に付けたいもの、使いたいものにお金を払うのが健全だということではないのかな。結果として一生ものになる買い物はもちろんあって。

 

完璧な部屋着を手に入れた、と前に書いたけど、日本の四季は容赦なく、当時買った完全無欠の裏起毛スウェットはもう暑くて着られない。外出着のTシャツを部屋着落ちさせたものや昔パジャマだったパンツを代替として着ていたけど、どうも居心地が悪い。宅急便の配達に堂々と出られないし、ゴミ捨てにもいけない。私の部屋着の条件はそのままその2つができることみたい。

 

またしても部屋着ショッピングに明け暮れて、キッドブルーとか、シュットインティメイツとか、ユニクロとか、無印とか、無印はどれが部屋着かがよくわからず、ユニクロは混雑にびびってしまい、結局冬の部屋着を買ったシュットインティメイツで薄手のTシャツと冷感スェットとセットアップを買った。

 

一番迷ったのはTシャツで、部屋着用のTシャツをわざわざ4000円近く出して買うのか?と思ったけど、届いた商品をみたら一枚で着て宅配便の受け取りが可能な絶妙なシルエットで、やはり専門のものはよくできていると思った。この感覚はピラティスのレッスン用のウエアを、アディダスのジム用ジャージからちゃんとスタジオで買ったものに買い換えた時みたい。10年前くらいに買ったTシャツ(スリードッツのセールで買った。黄色と緑色。型崩れなし。シミあり)をそろそろ引退させようかなと思う。

 

仕事のピークがひと段落して、今年は去年より主導的に頑張った、スムーズに業務をすすめた、と自分をほめる必要がありとりあえず今日は好きなだけ眠ろう、と決めて寝て起きたら7時で、朝からハッシュドポテトを作ったりした。次に更新が必要なアイテムはコーヒーメーカーで、半年前から調べてAmazonのカートに保存している ハリオ珈琲王 コーヒーメーカーv60をそろそろ注文しようかなというのが当面の野望。2011年以来の買い換えはどんなびっくりを味あわせてくれるのか楽しみなような、怖いような。

 

マーク・ザッカーバーグのスピーチ

見入ってしまった。

 

jp.techcrunch.com